日本百名曲 -20世紀篇-

20世紀の日本の歌曲から、独断と偏見で100曲を紹介(500名曲もやるぜよ)

『虹と雪のバラード』トワ・エ・モア ~おおらかな時代の、希望に満ちた色とりどりの夢物語

生まれるよりも前の話なので、まったく世代ではないのだが、

個人的にオリンピック・ソングといえばこれ。

 

なんと言っても、歌詞に「オリンピック」が出てくるではないか。

・・などというつもりはないが、

権利関係がややこしい現代では、歌詞にもタイトルにも

「オリンピック」と付けることはほぼ不可能になってしまった。

そんな不寛容でせち辛い現代において、

1972年の札幌五輪を記念して作られたこの曲は

もうその点だけで、なんとも微笑ましいと感じてしまう。

 

そういえば、その前に日本で開催されたオリンピック、

1964年東京五輪のときの『東京五輪音頭』(三波春夫/1963年)では

タイトルでは「五輪」のクセに歌詞では「オリンピック」って言っている。

 「五輪」という言葉も、もはやつかえないんだろうな。多分。

 

それが、次の日本開催五輪、1998年長野五輪の頃には

すでに権利関係があれこれ難しくなっていたため、

長野五輪音頭”、と名付けることが出来ずに

『長野冬季スポーツ音頭』(清水アキラ/1995年)

なんて変ちくりんなタイトルになってしまったキワモノも出現してしまったくらいだ*1

ほんとセチガライね。辛い辛い。

 

 

 

どんどん話の本筋からずれていってしまっているが

話が膨らんできてしまったのでしばらく続けよう。

オリンピックの楽曲といえば、個人的にまず思い浮かべるのが

ロス(ロサンゼルス)五輪の『オリンピック・ファンファーレ』(1984年)。

あまりにも有名なため、個別の大会のものではなく、

オリンピック共通のファンファーレだと思っている人も結構いるのでは。

 

これはスターウォーズインディ・ジョーンズのテーマで知られる

アメリカの作曲家ジョン・ウイリアムズのペンによるもので、

グラミー賞も獲得した楽曲だが、何せ歌詞のない楽曲の上に

そもそも日本の曲ではないので、いかんせんここでは対象外。

 

なお、公式のオリンピックの楽曲には大きく2系統あり、

ひとつは大会組織委員会あたり(詳しくは知らん)が制定した

大会のオフィシャルソング。

表彰式や開会式、閉会式など、会場で使われるものだ。

ロス五輪のファンファーレはこれ。

 

お役所仕事になってしまう傾向がいくらか強いようで*2

まったくといっていいほど、印象に残らないのが大多数。

個人的に、長野五輪のファンファーレはひどかったと特に思う。

長野五輪当時、白馬村の男子滑降会場で大会ボランティアをやっていて、

リハーサル時含め何回も何回も聴いたはずなのに

旋律を全く覚えていない。意味不明だった印象だけが残っている。

 

 

もうひとつが、各放送局が五輪番組のテーマソングとして採り上げるもの。

オリンピックの大会そのもので使われる曲ではないので、

ハーフオフィシャルといったほうが、

その立ち位置を正しく言い表すことができるだろうか。

商業的な側面が強く、タイアップ曲が多いが、

なによりキャッチ―な曲ぞろいなので、

こちらの方がはるかに印象に残ることになる。

 

中でも毎回、NHKのものが際立って印象的で、

アトランタ五輪の『熱くなれ』(大黒摩季/1996年)

21世紀の曲だがアテネ五輪の『栄光の架橋』(ゆず/2004年)

ロンドン五輪の『風が吹いている』(いきものががり/2012年)

など、粒ぞろいの曲が並ぶ。

TVで使われている部分以外はいまひとつ、という

CMソングなんかにありがちなものが多いのも確かではある。 

 

 

そして何を隠そう、今回のメインテーマ(のはず)である

『虹と雪のバラード』も多聞に漏れず、NHKによるテーマソングである。

ちなみに、『東京五輪音頭』もNHKによるテーマソング。

すごいな、NHK.。

 

 

「♪町ができる 美しい町が」

「♪生まれ変わる 札幌の地に」

五輪と開発・発展とを結びつけることが、夢と希望→善

であった時代背景に羨ましさ感じる。

札幌に地下鉄が出来たのもこの時だという。

 

今ではちょっとした悪だからね。五輪に金かけることは。

金かけたっていいじゃない。お祭りなんだから。

本来、対費用効果で測るもんじゃないはずでしょう。

そこを論点にするからおかしくなるんだよ。

 

ところで、長野五輪NHKによるテーマソングは

『Shooting Star』(F-Blood/1998年)だったらしい。

今回この事実を初めて知った。へぇ、てな感じ。

 

前述のように、個人的に長野五輪の時会場でボランティアをやっていたせいで

テレビをまったく見ていなかったから*3

曲は知っていてもオリンピックと全く結びついていなかった。

 

 

何だか、どうしても長野五輪の話に行きついてしまう。

自分にとっては、もろに当事者だったのだからしょうがないと言い訳する。

 

ついでにまったく関係ない想い出話をもう一つ。

長野五輪期間中に、白馬村スキージャンプ会場で

皇太子浩宮殿下をごく間近で見た。

 

場外の通用門横で競技を覗き見ていたところ*4

突如数台の黒塗りの車が通用門に横付けされ

中から、存外に少ない護衛とともに殿下が降りたち

ゆったりと歩いて会場内に入って行った。

 

突然のことだったので、ただ呆っと見ているだけだったが、

その気になればボディタッチをして

SPともどもこっぴどく叱られるくらいのことはできたかもしれない。

(しないけど)

 

今だったら考えられないことだろう。 

それでもこのころまでは、

おおらかな時代だったのかもしれないと感じる今日この頃。

 

 

 

 

名曲・聴きドコロ★マニアックス

雪の日に虹が出ることは、まずない。

雨粒と違い、雪粒では光の散乱が激しいため、

プリズムのような効果が期待できないためだ。

 

あるとすれば、積雪の上に、

雨や霧による虹がかかることだろうか。

 

だけども、そんなところをチマチマと突っ込んではいけない。

この歌詞の意味するところはそういうことじゃないんだから。

 

 

虹は、色とりどりの夢の象徴でもあるだろうし、

五輪シンボルマークの色や、選手や観客の色かもしれない。

 

「♪影たちが近付く 手を取り合って」

「♪影たちが飛び去る ナイフのように」

なんて、ここだけ見ると何とも不穏な歌詞に見えるけど

光と影の対比が、何とも言えず幻想的で、夢のようじゃないか。

だって、影たちは、「虹の地平」や「雪の炎」から歩み出てくるんだよ?

悪い奴らのはずがない。

 

 

決して長くはない歌詞を眺めると、

そんな強い光の明暗と、色とりどりのイメージが

これでもかと飛び込んで来る。

 

「虹の地平」

「あふれる旗」

「あの星たち」

「雪の炎」

「真っ青な空」

「太陽の真下」

 

 

そして本来、希望の歌に使われることの

ほとんどない、強くネガティブな言葉の数々

「影たち」

「叫び」

「眠っている」

「ナイフのよう」

「夢?チカラ?」

 

 

なんて強い言葉を

たくさん散りばめているんだろう。

この歌は!

 

 

意味が知りたい★ここんとこ 深読み&ななめ読み

「トワ・エ・モア」

 "toi et moi"。フランス語で「あなたと私」の意味。

 

 

「君の名を呼ぶオリンピックと」

これはべつに、オリン・ピックさんという名前の人がいたわけではなく

オリンピックを擬人化しているだけ。

オリンちゃん。誰かやってそうだな、大会の擬人化。

権利の関係で難しいか?

 

 

 

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トワ・エ・モワ ゴールデン☆ベスト

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iTunes / これは競作のひとつ、ブルーコメッツのもの。試聴も可能

 

 

 

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虹と雪のバラード[EPレコード 7inch]シングルジャケット/amazonより

作詞 河邨文一郎、作曲 村井邦彦、編曲 小谷充

1971年(昭和46年)8月25日、東芝音楽工業より発売

 

歌詞はうたまっぷ

虹と雪のバラード トワ・エ・モワ 歌詞情報 - うたまっぷ 歌詞無料検索

 

曲にまつわる背景などはwikipediaにくわしい

虹と雪のバラード - Wikipedia

 

オリコン最高位7位(年間57位/1972年)

脚注

*1:個人的に未聴

*2:お役所仕事というものは、どういうわけか世間から数年遅れたものを採り上げてしまう。

ふた回りさん回り遅れていれば、かえって新しいものになるだろうに、なんでかね。

西暦2000年の沖縄サミットのときの『Never End』(安室奈美恵/2000年)なんかがいい例で、別に悪くはないんだけど、なぜ今それ?なような雰囲気がぷんぷん。ぷんすかぷー。

*3:周囲にモニターはやたらあったので、リアルタイムで入ってくる各会場の競技映像と記録データは散々見たが、テレビ番組はほとんど見ていなかった

*4:入場券を持っていなかったの。