中央道を都心から八王子方面に向かって車を走らせていた時、頭をよぎったのは当然のようにこの曲だった。
右手に競技場のようなものが見えたところで、ふと表題曲を思い出し、ひょっとしてあれが競馬場だとすると、、じゃあ左手に、、、この建物がビール工場?
あ、SUNTORYって書いてある。たぶん間違いない。
今まで、ここを高速バスで通ったことは何回かあったが、基本的に自分の座る側の窓からの景色しか見えないバスと違い、自分で運転する車窓からは、
「♪右に見える競馬場 左はビール工場」
のタイミング通りに景色が流れていく。
思いがけずに、ちょっといいもの見たような気分になる。
ところが助手席にいるツレときたら、ああそういう歌詞なんだ、とそっけないご反応。
「♪中央freeway~」の部分しか知らなかったとのこと。さよけ。
その直後に、事故渋滞の長い車列にさえゆき当たらなければ、時間帯はともかく歌詞通りだったのにな。
そこに待っていた現実は
この道は、まるで待ち行列 無限に続く~
東京脱出に1時間以上かかりましたとさ。
この頃のユーミンこと荒井由実(現・松任谷由実)の曲は、なぜこんなにもお洒落なのだろう。
『卒業写真』(ハイファイセット/1975年/)
『いちご白書をもう一度』(バンバン/1975年/)
『冷たい雨』(ハイファイセット/1976年/)
のような、ちょっと青臭いけど、とびっきりの曲を惜しげもなくほかのミュージシャンに提供しつつ、
『やさしさに包まれたなら』(1974年/)
『ルージュの伝言』(1975年/)
『あの日に帰りたい』(1976年/)
のようなおしゃれな曲を連発していた。
表題曲もそのうちのひとつ。
こぼれるような電子ピアノと、自己主張しすぎない、軽やかなギター、ドラムス、ベース のリズムセクションに対し、まるで人ごとのようにも感じる無感動な、不思議な声のボーカルがメロディーラインを紡いでいく。
このカラッとした人間臭さのない感じが、お洒落さの源なのだろう。
自分的にこの曲で大変印象的なのは、ドリフのコントでもおなじみ
「ッカァ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」(うまく文字で表現できん。こちらをどうぞ)の音。
ビブラスラップ、という針金ハンガーの先にボールと薄いカウベルが付いたような形状の打楽器。
近年はハンバーグ師匠の持っている打楽器としての方が馴染みがいいかもしれない。
ただし、この曲に使用されているのは、ビブラスラップではなく、その原型である民族楽器であるキハーダ説が根強いようだ。
キハーダは動物の下あごの骨を楽器として利用したゲテモノ楽器だが、ユーミンのライブ映像で骨を振り回しているのは見たことがない。かなり度肝を抜く形状をした楽器なので、使っていれば話題に上がっているはず。ひょっとするとレコーディングでは使っているのかもしれないけれど。
キハーダであるにせよ、ビブラスラップであるにせよ、こんなにおしゃれにこのヘンテコな音を使っている曲は聴いたことがない。
『白いブランコ』*1(ビリーバンバン/1969年/)
『ああ人生に涙あり』*2(杉良太郎/1973年/)
『与作』(北島三郎/1978年/)
などのように、このラインナップを見ての通りお洒落さとは程遠く、何より、どうしても志村けんのバカ殿さまの変顔を連想してしまって、どうにもいけない。
表題曲では志村けんもハンバーグ師匠も脳裏に浮かんでこない。
おしゃれさが脳裏に刻まれたインパクトに勝つ。すごいことだ。
しかし、まさか今に至っても一度たりともこの曲がシングルカットされていないとは思わなかった。
『DESTINY』(1979年アルバム『悲しいほどお天気』収録/
)とか、
『恋人がサンタクロース』(1980年アルバム『SURF&SNOW』収録/
)とか、
『リフレインが叫んでる』(1988年アルバム『Delight Slight Light KISS』収録/
)とか意外に代表曲がシングルカットされていないんだよな。
名曲・聴きドコロ★マニアックス
意味が知りたい★ここんとこ 深読み&ななめ読み
「中央フリーウェイ」
フリーウェイは高速道路のこと。freeは「無料」の意味ではなく、「行先停車無用」の意(日本語で書くとまったくわからんな。ノン・ストップのこと)。
現在は「中央自動車道」の呼称になっているので「ハイウェイ」や「ドライブウェイ」のほうがしっくりくるが、この曲の発表数年前の1972年までは「中央高速道路」という名称だったので、この英訳でもそれほど違和感なかったのだろう。
「調布基地」
現在の府中飛行場や、東京ヴェルディの本拠である味の素スタジアムを含む周辺一帯にあった米軍基地の通称。全面返還が1973年で、これも数年しかたっていない頃なので、この名称もさほど違和感なく受け止められたのだろう。
「山に向かっていけば」
東京を出発した中央道が一路目指すは高尾山だが、おそらくここから見えている山があるとすれば奥多摩や奥秩父の峰々だろうか。
「右に見える競馬場」
東京競馬場のこと。1933年開場。府中にあるので府中競馬場とも称される。ちなみにここで行われる日本ダービなどで使用される有名なファンファーレ()は、すぎやまこういちのペンによるもの。もともとポップス畑の人がこういう仕事をしているのが面白い。
「左にビール工場」
サントリー武蔵野ビール工場。現「〈天然水のビール工場〉東京・武蔵野」。
1963年からこの地でビール製造している。何故こんな水が無い武蔵野台地で深い井戸を掘ってビールを作ろうと思ったのか、ちょっと不思議。
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