楽曲自体、それほど突出した印象のものとは思わないけれど、
これを挙げないわけにはいかない。よね?
後にも先にも、全米の総合シングルチャートで
1位を獲得したことのある日本の曲はこれだけなのだから。
米ビルボード誌3週連続1位、年間13位という、
どういう奇蹟が起こったんだかわからないくらいのビッグな結果を残している。
米国でのタイトルは、これまたなぜか『SUKIYAKI』。
うまそうだからか?
しかも、日本語の歌詞そのままでトップをとったというから恐れ入る。
身近なところ、日本で例えれば、オリコンチャートで、
突如タイ語あたりの曲がトップに立ったような、それくらいの驚き具合だろう。
ウケた要因はまったく分からないが、母音が「アイウエオ」ではない
「ハヒフヘホ」母音の歌唱がひとつのポイントなのかもしれない。
「♪ふへを むふひて あはーる こほほほ」
これが単純な楽曲に、ひとつのアクセントを与えている。
米国で日本語のままリリースしたのも、
案外このあたりに理由があったんじゃないだろうか。
ちなみにこの「ハヒフヘホ」母音に関しては、のちの和田アキ子(のモノモネ)や
大友康平(のモノマネ)などに引き継がれている。
※何故かビルボードチャート年間4位と表記されている。だれだデタラメ書いたのは。
それはそうと、自分の記憶では、そもそも、オリコンの週間チャートで
外国語の曲がトップに立ったことはないと思うが如何だろう*1。
東方神起のような、外国人によるオリコン1位の曲であればいくつか見られる。
それは例えば『ナオミの夢』(ヘドバとダビデ/1971年/ by
)のように、
日本での発売向けに日本語で再録したものでのハナシになる。
一番ニュアンス的に近い実例は、歌詞のないインスト曲の
『ウラBTTB』(坂本龍一/1999年/ by
)
がオリコン総合1位になったことかもしれない。
・・・いつも、できるだけ、曲の社会的背景ではなく、
楽曲そのものに焦点を当てることを念頭に
書くように心掛けているのだが
この曲に関してはその信念が貫けなかった。
無念。
さて、『およげ!たいやきくん』(子門真人/1975年/ by
※これは知る人ぞ知る本家本元オリジナルの生田敬太郎のバージョン。子門のは実はカバー。)
はどうすっかな。
意味が知りたい★ここんとこ 深読み&ななめ読み
「思い出す冬の日」
春夏秋ときて、冬にならずに終わるこの歌。泣きながら歩いている夜、その時点がまさに冬なのだろうという解釈が成り立つ。が、翌年この曲をもとに映画が作られた際に、冬の歌詞も付け加えられたことを追記しておく。つまり「冬」がなかったのには特段こだわりがあったわけではない模様。
現在入手可能な収録CD/視聴可能
脚注
*1:ちゃんと調べたところ、
『マサチューセッツ』(ビージーズ/1968年/ by
)
『サウンド・オブ・サイレンス』(サイモン&ガーファンクル/1968年/ by
)
『ビューティフル・サンデー』(ダニエル・ブーン/1976年/ by
)
など何曲かあるらしい。ちなみに、いずれも英語の歌唱