日本百名曲 -20世紀篇-

20世紀の日本の歌曲から、独断と偏見による日本100名曲を紹介(500名曲もやるぜよ)

『夏をあきらめて』 研ナオコ ~ ナイスカバー? yes. ナイスカバー。

ひとの持ち歌を歌うことを「カバー」という。
レコードにかぶせて歌うから、カバー。
つまりは、カラオケのイメージ。
・・だと思っていたが、どうも違うらしい。
 
英語で"cover for ××"(××は人を指す) で、「××の代わりを務める」
という意味から来ている表現だそうで、要するに代役のこと。
なんだリメイクだと思っていたら、スペアだったか。

しかし、そんな本来の意味通りの代役や、
だれもが認める名曲を××が歌い上げる・・・というようなカラオケ状態のものではなく、
カーペンターズの数々のヒット曲のように、無名に近い曲をヒット曲に育て上げたカバー*1
もしくはそれなりに知られた曲ではあるが、
ひと味加えることで、絶品にして新たな生を授けたカバー、
そんな、「ナイスカバー!」と見当違いな掛け声をかけたくなるカバーのひとつがこれ。
研ナオコの『夏をあきらめて』。


オリジナルはご存じサザンオールスターズ
当時のサザンはメジャーというよりは、イロモノ、キワモノ扱いに近く、
この曲ももともとはアルバムの片隅にある、
いわば知る人ぞ知る通好みの曲、という感じのものだったようだ。
それを時を置かずして研ナオコがカバー*2して一躍脚光を浴びさせた。

ところが、現代ではこの評価がすっかり逆転してしまっているように思う。
『夏をあきらめて』は、ベストアルバムにも入っているサザンの名曲の一つで、
研ナオコがカバーしていたことでも知られている、という感じで。
また、曲の出来はサザンのほうが上だよね、という評価だ。

なぜか。

新進気鋭の若者に向こうを張って、第一線で活躍し続ける者と、
メジャーシーンからは距離を置いて、マイペースに活動を続ける者の差もあるのだろうが、
なにより研ナオコの残しているこの曲のレコードが、いまいち良くないのだ。

キーの違いだけで、編曲というより採譜に近いカラオケ状態なのはともかくとして、
桑田の歌い方を意識しすぎてか、ブレ気味でかすれた味気ないボーカルになっている。
もっと、しっとりと、けだるく、味のある歌唱のはずなのに!

こんなはずはないと以前から、再録のレコードがないか探しているのだが見つからない。
研ナオコ本人はこの歌唱を気に入っているらしいので、たぶん再録する気もないのだろう。
YOUTUBEなどで、当時のスタジオライブものを聴くしかないのが実に残念。

ナイスカバー?

夏をあきらめて [7 シングルジャケット/amazonより
 
  • 作詞・作曲 桑田佳祐、編曲 若草恵
  • 1982年9月5日、キャニオンレコードより発売
  • オリコン最高位5位、年間68位(1983年)
  • 歌詞はうたまっぷへ:夏をあきらめて サザンオールスターズ 歌詞情報 - うたまっぷ 歌詞無料検索
  • 曲にまつわる背景などはwikipediaにくわしい:夏をあきらめて - Wikipedia

  • この曲に限らず桑田佳祐による歌詞は、その日本語遣いの独特さでも知られるが、
    歌詞中に現れる「あきらめの夏」という言葉のチョイスが
    この曲のひとつのアクセントになっている。
    曲のタイトルが、一般的な言い回しである『夏をあきらめて』になっているのに対し、
    歌詞に現れるのは、微妙にニュアンスの異なる、「あきらめの夏」。

    「あきらめ」という名詞化した動詞を使い、
    意味や用法からして、この表現は果たして日本語として正しいのか、と
    ちょっとした引っかかりを覚える表現が心憎い。
    さらりとスルーしてしまう表現より、引っかかりを覚える表現のほうが
    心に引っかかるのは、当然だろう。


    あぁあ、ごめん。ここで無性に話題を脱線したくなってきた。
    急に催してしまったような表現で申し訳ないが、
    半ば生理的な衝動に近いので、ここはもう思い切り脱線してしまおう。
    興味のない人、ついてこれなさそうな人は途中からでも**印のところまで離脱して頂戴ね。

    さぁ。脱線するぞぉ。


    日本語の動詞の名詞化。
    英語でいうところの、動詞に-ingを付けた「動名詞」に類するものが
    教科書には出てこないけれど、実は日本語にも存在する。
    ~ingは、日本語訳として「~すること」と訳されることが多いが、
    そんなまどろっこしい表現よりも、もっと近しい表現が日本語には存在するのだ。
    具体例を挙げたほうがわかりやすいと思うので
    1番の歌詞に登場する動詞を片っ端から名詞化してみよう

    動詞
    (終止形)
    名詞化形用例
    響く響き歌声の響き
    近づく近づきお近づきになる
    遊ぶ遊びごっこ遊びをする
    破れる破れ理論に破れが生じる
    濡れる濡れずぶ濡れになる
    揺れる揺れ横揺れがする
    舞う舞い剱の舞いを披露する
    諦める諦め諦めがつく


    このようにほとんど例外なく、
    動詞は文法上の「連用形」と同じ活用語尾(送り仮名)を付与することで、
    いとも簡単に名詞化する*3
    意味は「~すること」。まさに動名詞
    皆知らず知らず使っているが、古くからある文法外の表現だ。

    また、名詞化する際には送り仮名が消失する傾向があるのも一つの特徴。
    ひびき」、「まい」のほかにも、
    まつり」、「はなし」のように、
    むしろ送り仮名を付けないほうがしっくる物も多い。
    現代国語ではこの送り仮名の省略は正式ではないとされているが、
    昭和の時代まではむしろ日常的に使われた表記だ。

    逆に、送り仮名を付けない「響」を「ひびき」と読むことはあっても
    「ひびく」とか「ひびけ」とは読まず、
    かならず連用形の送り仮名を付けた読みになる。
    「申込先」を何の疑問もなく「もうしこみさき」と読めてしまうのは
    このためだ。



    (脱線完了。離脱ポイントに戻ります)
    **********

    主人公たちは、夏を楽しむことをあきらめてしまったのだろうか。
    寂しげな曲調から、別れをも意識してしまうが
    むしろ歌詞はもっと前向きだ。

    「♪Darlin' Can't you see? I try to make it shine.
           Darlin' Be with me, Let's get it to be fine.」
    ダーリン わかるかい?僕がなぐさめてあげるよ。
    ダーリン 僕と一緒にいよう。一緒に楽しもうよ。



    夏も終わりになってしまったが
    ようやく、楽しみにしていた海にやってきた。
    だけどあいにくの天気で、イケイケの水着もお預けのようだ。

    誰かが僕らの仲をうらやんで意地悪しているんだよと、
    慰めにもならない声をかけるけど、
    今年の海は、時期的にこれが最後だと思う。

    空模様につられるように不機嫌になっていく彼女。
    なんとかご機嫌を取ろうと、彼氏の空回り気味な孤軍奮闘ぶりが
    むなしくも目に浮かぶ。



    意味が知りたい★ここんとこ 深読み&ななめ読み

    Pacific Hotel
    のちにサザンが『Hotel Pacific』(2000年/ by)でも歌っている、
    神奈川県茅ケ崎市に実在したリゾートホテル。
    個人的には中学生のころ、部活の連中と一緒に茅ケ崎の海へ行ったときに
    ここがあの、、という感じで教えられた記憶があるが
    建物自体は全く記憶に残っていない。たぶん興味がなかったのだろう。


    腰のあたりまで切れ込む水着
    彼女の後姿を見てからの一文なので、
    おそらくは背中が大きくあいたワンピースタイプの水着だろう。

    脚方向が腰近くまで切れ込んだ「ハイレグ」が
    水着に登場しはじめるのは、この曲よりももうしばらく後になってからのこと。


    岩陰に幻が見えりゃ虹が出る
    幻は太陽だろうか。太陽が出れば虹も出ようモノだが、幻なので虹は出ない。*4
    岩陰は『チャコの海岸物語』(1982年/ by) でもおなじみの
    茅ケ崎名勝、烏帽子岩だろうか。


    江の島が遠くにぼんやり寝てる
    「寝てる」という表現が面白い(出てる、だと思っていた。)
    さして遠くもないはずの江の島が、はるか遠くかすんで見える上に、
    力なく横たわっているようにも見え、なんとも気分もダダ下がり。




    現在入手可能な収録CD/視聴可能
    やっぱ生で聴きたい人は、ライブ・イベント情報&チケット

    ※該当曲を聴ける保証はありません。




    脚注

    *1:カーペンターズのヒットとして知られる曲のほとんどは、実はカバー曲。もうそれはほとんどオリジナルといってよい

    *2:サザンがアルバム内の1曲として発表して、わずか6週間後には研ナオコのカバーが発売されていた。

    *3:サ変動詞とカ変動詞は例外となるようだ

    *4:そもそもそんな方向に夏の太陽は見えない