具体的にそれと示すキーワードは歌詞中にひとつも登場しないのだけども、明らかに「同窓会」をモチーフにしたシチュエーションソング。
しかも、友達以上恋人未満だった相手と、久しぶりに再開した同窓会でいい感じになる、という漫画のようなベタな展開*1だったりする。
ところがこれが、ありきたりかと思いきや、こういうイベント系を題材にした曲というのは探してみると案外見つからない。
学校行事や、季節行事、各種懇親会、そういったイベントを題材にした歌がヒットチャートに乗るのは思ったより稀なようなのだ。連載物の漫画などではむしろ格好のネタにされている感があるのに。
なかでも同窓会を採り上げた曲となると、ほかに比較的知られている曲では、槇原敬之の『遠く遠く』(1992年/)くらいしか思いつかない。
しかもそこでは「♪同窓会の案内状 欠席に丸を付けた」と歌われているだけで、同窓会の場面は登場しないのだ。
「♪昔の仲間が待つ店へと急ぐ 積もった話聞かせたい 別れた恋人のことも」という
『今夜はHearty Party』(竹内まりや/1995年/)がシチュエーション的にかなり近いように見えるが、全体の展開からすると同窓会ではなく昔なじみの友達との集まりだろうと思われる。
卒業式や結婚式のような人生の節目になる式典系のイベントの歌は結構見つかるのだが、幹事が取り仕切るような類のイベントを歌う歌はほとんどといって良いほど見当たらないことに、今回この稿を書くにあたり気が付いたのだった。
「♪皆さん本日はお忙しい中を多数ご参加くださいまして誠にありがとうございます・・・」という掛け声で始まる
『日本全国酒飲み音頭』(バラクーダ/1979年/)のような宴席の歌はあるにはあるが、ここから生まれるロマンスは見当もつかない。(もしあるのならば、それはそれでドラマチックになるような気もしないでもない)
ちなみに、ひとり飲み/ふたり飲みの酒呑み系の歌であれば、演歌やビール系のCM曲を中心にここにあげきれないほど無数に存在するため割愛する。
長編の小説や映画のような物語や、1話完結形式でも連載ものの物語であれば、ありがちな題材も交えながら物語を進めて行くのはごくふつうにみられる。
一方、「歌」というジャンルは、物語としては極端に短いうえに基本的に単発で、「アンサーソング」*2のような繋がりが一部に見られるものの、各楽曲どうしの繋がりがほとんど見られないのがひとつの特色なのだろう。
そのため題材になるのは、日常のごく一部分を切り取ったものが圧倒的に多く、それとは逆に振りきれたドラマチックなものがその次で、それ以外はボチボチみられる、という感じではないだろうか。
ヒット曲で数多く歌われる男女のなれそめは、今まで気にしていなかったような相手が気になりだしたり、そういった「理想的にありがち」なシチュエーションの方が共感が得られるのだと思う。
あるいは、男女の出会う場面をドラマチックに演出したいのであれば、運命的なものだったり、偶然の連続だったりするほうがいいに決まっている。
下世話に、マッチングアプリで相手を物色していざご対面、なんて歌は敬遠されるのだ。
「♪今夜飲み会 期待している 友達の友達に」
などと下世話もいいところの合コンをモチーフにした広瀬香美の『ロマンスの神様』(1993年/)が大ヒットしたのは、ちょっとしたイレギュラーな出来事だったのだと思う。
さて、表題曲では主人公たちがこれまでの人生の中で「素敵なルネッサンス」を体験してきていたことに思い当たるのだが、はて、ここでいうルネッサンスとはどういうことだろう?
何でここで中世の出来事(あるいは髭男爵のギャグ*3)が登場するのか、疑問を抱えることになる。
ルネッサンスとは、ひとことで言うと「復古」や「再興」のこと。表記としては「ルネサンス」という方が一般的かもしれない。
中世ヨーロッパで起こった運動で、慣習としてのしきたりや宗教的な制約にとらわれず、非科学的なものを排除し科学的に物事をとらえようとした文化や芸術をいう。
絵画で言えばレオナルド・ダヴィンチの「モナリザ」「最後の晩餐」、演劇で言えばシェイクスピアの「リア王」「ロミオとジュリエット」、技術的には「羅針盤」「活版印刷」の発明などが挙げられる。
ルネサンス期の表現手法の変化の具体例を絵画で言えば、それまでキリストの背後に記号的に描かれていた光輪のような「本来見えないもの」を描くのをやめ、象徴的に光が必要であれば、背後に自然な光が差し込むような構図にする、といった具合だ。
本来の絵が上手=実物により近い絵が描ける という点に即した、いわば原点に戻る動きで、リアリズムの追求への流れといってもいいと思う。
ルネッサンスという語が本来持つ「再興」の意味が、いつしか一部で比喩表現として「生まれ変わり」や「革新」的な使い方をされるようになったのだが、表題曲もそれに倣っているのだろう。
お互いに純粋がゆえに不器用で、結局けんか別れになってしまった、若かりし頃の二人。
そんなふたりが人生経験を積んだことにより、より素敵に新たな物語が始まったことを「ルネッサンス」としているのだ。
「ルネッサンス」により、再会したときにお互い自分の気持ちを素直に口に出せ、行動に移せるようになったと言ってもいい。
「♪あなたから声をかけるなんて あんなシャイな人だったのに」という「あなた」と、
「♪乾杯で沸いた歓声の波に あおられて今頃楽に言える 大好きだったの」という「私」。
それは二人が離れてからそれぞれに経験してきた人生の積み重ねがなしえたことで、若き日の過ちを後悔してきた日々も、うまく人生をわたるために不本意ながら歩いてきた道も、すべて今のためにあったのだと思えたということだ。
まっこともって前向きでうらやましい考え方だ。
実際だれもが、漫画のような偶然の出会いを経験するわけではないし、思いを寄せるあの人が、実は自分に好意を持っているかもしれないなんてことは可能性としてほとんどない、という事に気づかずに(もしくはうすうす気づいているものの行動には移さずに)、若く純粋な十代を過ごすものだと思う。
気づかずに、十代をはるかに超えてもそのままこじらせてしまっている大人も決して少なくもないと思う。
だからか、歌詞の内容としては、正直、この「リア充」めが、というようなネタみヒガみの感想を持ってしまっていけない。
自分の学生時代においては、歌詞にあるような甘酸っぱい思い出もほろ苦い思い出もほとんどないし、同窓会においても、歌詞にあるようなこれといったトキメキがあった覚えもまったくない。同窓会に出たのは一度きりだが、そこには学生時代と変わらぬ地続きの世界があっただけだった。
久しぶりに会った担任に、「まだまだ青春はこれからだぞ!」という変な励ましの言葉を受けたのだが、いったいその時の自分は担任にどう思われていたのだろうか!
最後に曲全体を眺めてみると、メロディーラインはどことなく寂しげで、どちらかというとノスタルジーを誘う雰囲気であるものの、ラテン的なノリのアップテンポなアレンジが施されているために、全体的に明るい印象になっている。
演奏が終わった後にパーカッションだけがいつまでもリピートして徐々にフェードアウトする、という変な終わり方をするのだが、実はバックではこんなに楽しげなリズムが流れていたんだぜ?とアピールしているのかもしれない。
意味が知りたい★ここんとこ 深読み&ななめ読み
泣きたくなるような青い向かい風
些細なことにへそを曲げ、卒業式まで口も利かなっかった。そんな青春の日の後悔を抱えていたら、同窓会へ向かう足取りも重いというもの。
その後のハッピーな展開への前振りになっている。
素敵すぎるParty
歌詞見るまで「素敵すぎる『旅』」だと思っていた人!
「はいっ!」
本文冒頭で書いたように、「同窓会」だということを示すキーワードは歌詞中に登場しないのだけども、
「♪時間の架け橋を戻っ」て、「♪乾杯で沸いた歓声」がおこり、「♪口もきかず迎えた卒業を今まで悔やみ続け」ていたけど、「♪あの頃よりずっと素直な大人になっ」た二人がいた。
このパーティーが同窓会でないとしたら何なのだろう。
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