日本百名曲 -20世紀篇-

20世紀の日本の歌曲から、独断と偏見による日本100名曲を紹介(500名曲もやるぜよ)

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『So Young』 The Yellow Monkey ~ げにイエモンは感嘆符がよく似合う。

あぁしまった!そうだった! と関西弁で叫んでいるようにしか聞こえないが、 「そぉや~ん!!」こと、『So Young』。 頑なまでに日本語にこだわり、最後まで英単語のひとつも使わず*1に 絞り出すように、ラストにしてようやく叫んだ英語でもある。 チャラチャラしたカッコだけの英語とはわけが違う。(と思う) The Yellow Monkeyの曲を、ああ、これ凄くいいな、と最初に思った曲。 弟の持っていたベストアルバムに入っていた。 この曲をきっかけに、時代をさかのぼるようにイエ…

『Love Phantom』 B'z ~ 自身の作り出した亡霊に振り回され自暴自棄になるお話

B'zの松本孝弘というギタリストは、 自分で作曲とアレンジを行っていて、かなりのテクニックを誇示しているクセに、 なぜか、一歩引いている印象を受ける。 ああ見えて意外に自己顕示が少ないんじゃないかと。 わかる人にだけわかってもらえれば、OK。 少なくともレコードでは、そういう印象を受ける。 『Love Phantom』でも、最初に爆音から駆け上がるような ギターを響かせたと思うと、あっという間に ほかの音に吸い込まれて背後にそっと引っ込んでしまう。 そして、稲葉浩志のボーカル…

『悲しみは雪のように』 浜田省吾 ~ どんなに積もっても、いつかは融けるんだ

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『さよなら夏の日』 山下達郎 ~ 勝手な解釈は聴き手の自由だ(くれぐれも自己責任で)

毎回毎回、もっともらしく歌詞の解説をしてはいるが、 実のところは、シチュエーションの設定次第で、 物語の解釈はどうとでもなることが多い。 こういうのを曲の懐の広さ、という。 曲に懐の広さがあるからこそ、 人はその中に自分の実体験や、見聞きした物語との共通点を見出すことが出来る。 たとえそれが、ごくごく僅かな取っかかりであったとしても、 想いを共感、投影することで、 曲と想い出とをセットにして、心にとどめ込むのだと思う。 それを逆手にとって、勝手極まりない解釈を垂れている。 そ…

『M』 プリンセス・プリンセス ~ 想いがブラックホール化している。立ち位置の問題か?

あらためて歌詞をみて初めて気づいたのだが、 別れた相手を想い出にできなくて苦しい、 という単純な歌とは、どうやら違うらしい。 彼に言われた別れの言葉が、 いつまでも頭の中でリフレインしていて、逃れられない。 だけどなぜか、愛しさを忘れることができない、 という内容の曲なのだと思い至った。 アルバムジャケット/amazonより https://itunes.apple.com/jp/album/m/id575487935?i=575487966&uo=4&at=1001l4PV…

『北ウイング』 中森明菜 ~ 鳴り響く不協和音は、破局の予感か

サビでは、力強く。 そしてそれ以外の部分では、囁くように。 遠い町に行ってしまう恋人に、 一緒に来て欲しいと言われたものの、一度は断ったのだろう。 しかし後悔と未練は募るばかりで断ち切れない。 すべてを捨てて、かつての恋人のもとへと旅立つ。 中森明菜の変幻自在のボーカルに歌われる 大まかな筋はそんな内容だが、 要所要所がルー化*1しているために要点がつかみにくい。 シングルジャケット/amazonより 北ウイング中森明菜J-Pop¥250provided courtesy o…

『勝手にしやがれ』 沢田研二 ~ カッコつけるが女々しさ全開

勇ましいタイトルや曲調と裏腹に、なんとも女々しい歌であることよ。 力強いピアノによるイントロ*1から導き出される ジュリー*2こと沢田研二の カッコよく歌いあげるストーリィは、、、、 出ていく女をタヌキ寝入でやり過ごす男。 女が出て行ってからむっくり起き上がり、 遠く去りゆく女に向かって、窓越しに「アバヨ」と声をかける。 しまいには夜中だというのに 派手に音楽をかけて朝までひとり残念会で現実逃避。 ・・・なんてカッコ悪いんだろう。 シングルジャケット/amazonより 勝手に…

『たそがれの銀座』 黒沢明とロス・プリモス ~ 数え歌になり損ねたかムード歌謡

やがて日本のポピュラー・ソングの王道がロック・ポップス*1に移り代わり、 その傍流としてフォーク*2やニュー・ミュージック*3が台頭してきた頃。 従来の古いタイプのうたは「歌謡曲」という新たなジャンル名を頂戴して、 独自の進化を遂げていった。 その中に、「ムード歌謡」という名を与えられた枝葉的なジャンルが発生した。 大雑把に定義するならば、ラテンのリズム*4に乗せて、 コーラスグループが歌う歌謡曲を指すものということになる。 ムード歌謡は、歌詞の内容でさらに2系統に分けられ、…

『伊勢佐木町ブルース』 青江三奈 ~ スケベを餌にやりたい音をやってのけるべし

歌詞の内容はともかくとして、イチイチかっこいい曲である。 跳ねるようなストリングスのリフ*1、 静寂の中、時計の秒針が時を刻むような、乾いたドラムの音、 青江三奈のタメのきいたハスキーボイス、 そしてブレイク、 「ドゥドゥヴィドゥヴィドゥビ・・・」のスキャット*2、 その後に絶妙なタイミングで入る三連の演奏。 そんなふうに、ただカッコいいサウンドだけであれば、 ここまでヒットはしなかっただろうが、 そこに 「アッ・・・ ンッ・・・」 吐息、というより、まんまの喘ぎ声を加えたと…

『想い出の渚』 ザ・ワイルドワンズ ~ 日本人の夏はノスタルジィでできている

夏のうたがノスタルジックになったのは、いつからなのだろうか。 夏の歌といえば、大人も子どもも恋人も、 夏だぜ海だぜ騒ごぜイエイ、てな開放的な感じではなく、 夏の日の思い出を、優しく、ときに切なく歌い上げる曲が 日本の歌には特に多い気がする。 「♪麦わら帽子はもう消えた 田んぼの蛙ももう消えた それでも待ってる夏休み」 『夏休み』(よしだたくろう/1971年/※試聴環境がないようです by)、 「♪胸元が揺れたら 雫が砂に舞い 言葉もないままに あきらめの夏」 『夏をあきらめて…

『恋のフーガ』 ザ・ピーナッツ ~ 突き刺さるイントロに、ふとゴジラの面影をみる

突然の大音量にびっくりする。 今の言葉で言うと、「オーケストラヒット」*1に相当する音だろうが そんな言葉もない当時にしてみれば、相当センセーショナルな音だったに違いない。 その鋭角的な2音からなる衝撃音と、 入れ替わり現れるティンパニーソロとの 繰り返しによるイントロが特徴的というよりは、異様とも言えて印象的。 このアレンジは、ピーナッツといえばこの人、宮川泰によるもので、 コンサートやレコードの冒頭で度肝を抜くにはまさにもってこいだ。 現代においてもその存在感に圧倒される…

『恋のバカンス』 ザ・ピーナッツ ~ ジャパン・ポップス、バラ色の幕開け

洋楽ポップスのカバーを中心に活躍してきた 双子のデュオ*1、ザ・ピーナッツ。 やがてぽつぽつと出し始めたオリジナルソングが、この曲で大ヒットに至った。 洋楽メインでやってきたグループが、オリジナルソングでヒットを飛ばすのは 後のブリリアント・グリーンみたいな感じだと思うが、 ちょっとイメージちがうかな? どちらが主旋律ともとらえきれないツインボーカルは、 声質こそ旧態依然とした「歌謡」の雰囲気を漂わせているものの、 曲全体をつつむ雰囲気が、新たな時代の音楽を予感させるものとな…

『ハイそれまでョ』 植木等 ~ 卓越した表現力はタチが悪い

柳の下にドジョウはウジャウジャといたようで、 前年の『スーダラ節』が、ヒットの勢いを得て映画化*1し、 さらにつづけての映画『ニッポン無責任時代』の主題歌(のひとつ)となったのがこれ。 つづけて、といっても実際は間にもう2作映画があるらしいが、 実際のところどれも歌以外はよく知らない。 歌ありきの作品、というのがよくわかる。 一応そのタイトルを発表順に挙げておくと、 『スーダラ節 わかっちゃいるけどやめられねぇ』 (1962年3月公開。主題歌『スーダラ節』※試聴環境がないよう…

『スーダラ節』 ハナ肇とクレージー・キャッツ ~ 生真面目にとほうもない脱力劇

サラリーマン哀歌の元祖ともいえる楽曲だが、 その突き抜けるまでの能天気なアレンジと歌唱が、 根底に流れる暗さを微塵も感じさせない、 浮かれた、酔いの境地に似た空間を醸し出している。 サビは、脱力を無限に発する 「♪スーイ スーイ スーダラダッダ スラスラ スイスイスイ」 ときたモンで、 どこかを泳いでいるのか、何かをそらんじているのか、 まあ意味も何もないのだろうが、とにかく強烈だ。 すっとぼけた管楽器の伴奏が、きらびやかに花を添えている。 そして何の必然性もなく、歌の直前の…

『東京ナイトクラブ』 松尾和子・フランク永井 ~ オ・ト・ナな男女の火アソビ劇場

フランク永井による、ダンディーな低音の響きと 松尾和子の、色っぽく艶やかでかすれ気味の声による 掛け合いデュエット。 じれったいまでに、タメのきいた伴奏と これまた演奏以上にじれったい、二人のオトナな会話。 それをひと言でいうなら、ムーディ。 ナイトクラブ、とはいうものの、おそらくダンスホールのような場所なのだろう。 そこを舞台とした、大人の恋の駆け引きを歌った曲だが、 それにしても、まあ、軽薄なことよ。 以下2番の歌詞 (女)もう私、欲しくはないのね (男)とても可愛い、逢…

『お富さん』 春日八郎 ~ 意外や意外にヤクザな物語だよお富さん

「♪死んだハズだよ お富さん」 元ネタは歌舞伎*1らしい、と知ったのは最近のこと。 人の女に手を出したチンピラが、女ともども半殺しの目にあって、 命からがら逃げだして自分だけ生き延びたと思っていた。 しばらくのち、 当の女は誰かに囲われていて、いい暮らしをしていたことを知り、 てめえだけがいい目見やがって、と男は女をユスりにかかる。 そんな話らしい。 歌の歌詞も、よく見ると確かにそうなっている。 ・・・マジ? 後年の復刻版ジャケット/amazonより お富さん春日八郎歌謡曲¥…

『お祭りマンボ』 美空ひばり ~ 出来すぎちゃったネタフリ

『♪ワッショイ、ワッショイ、ワッショイ、ワッショイ そ~れ、それそれ お祭りだァ!』 このフレーズときたら、いつの時代になっても おもわず使ってみたくなるモノらしく、 90年代の『お祭り忍者』(忍者/1990年/試聴はこの先から)や 21世紀に入っての『ダンシング!夏祭り』(10人祭/2001年/※試聴環境がないようです by )にも 手を変え品を変え、組み込まれていたりする。 ノリノリだもんねぇ。フレーズがおもわず口について出てしまうほどに。 しかしその内容はというと、祭り…

『東京キッド』 美空ひばり ~ その音質は時代の音なのか

「♪右のポッケにゃ夢がある、左のポッケにゃチューインガム」 美空ひばり主演の同名映画を見たことはなくとも、 ズボンのポケットに手を突っ込んで歌う、子役時代のひばりの映像とひっくるめて 表題曲を記憶している人が、多いのではないだろうか。 まさに自分がそうだ。 また、シルクハットに燕尾服という姿で歌う 『悲しき口笛』(1949年/※試聴環境がないようです by )と しばしば混同してごっちゃになるのも、よくある話。 まさに自分がそうだ!(ダメダメだ!) それはさておき、この当時の…

『長崎の鐘』 藤山一郎 ~ わずかに差す光明を、瞬時に覆い尽くす闇

あえていうまでもなく、長崎での戦災をテーマにした曲。 直接的に原爆を指す表現は一切出てこないものの、悲痛な歌詞とメロディーに、誰もがそれを連想せざるをえない。 曲調も、歌詞も、歌声も、何もかもが、重苦しい雰囲気を醸し出している。 とても、とても美しいメロディーラインの曲なのだが、、、とにかく重い。 高校の修学旅行で、長崎の原爆資料館に連れていかれた時のこと。 その直前に連れていかれた文明堂*1の工場見学にて、土産コーナーの試食カステラを、カラスやハイエナが群がるように出て来る…

『誰か故郷を想はざる』 霧島昇 ~ まるで縦横無尽の格ゲーコマンド

表題曲をはじめて知ったのは、どういうわけか夢路いとし・喜味こいし*1の漫才だった。 小学生のころだったと記憶しているが、TVやラジオの演芸番組*2、今でいうお笑い番組を片っ端からカセットテープに録音し、ダブルカセットのラジカセ*3を駆使してCMや前振りなどの余計な部分をカットして寄せ集めた”漫才集”を何本も作成して、ラジカセやヘッドホンステレオ*4で楽しんでいた。 いまでもこのころの漫才ネタをソラでいえるほど当時聴きこんでいたのだが、つい先日おぼん・こぼんの漫才を久しぶりにテ…