歌い出しに現れる無音の瞬間にゾクっとくる。
曲の随所にみられる、そういう"古臭い"テイストが、この曲のキモだったりする。
古臭いといっても、世代を超えた大昔ではなく、
ひとりの人間が、ふと余裕をもって振り返ることができる程度の過去。
どこかで見聞きしたことがある、という知識としての過去ではなく、
実体験として、身をもって覚えている、過去だ。
雰囲気からして、おおよそ10年くらいさかのぼった、
つまりは表題曲のリリース年である1997年からみた10年前、
1980年代中盤のテイストではないかと思う。
曲に細かな装飾を施す、クラシックギターの音色、
頑なにハモろうとしない、Kinki Kidsの二人のユニゾン*1、
締めに余韻を残すストリングスの音など
作り手も聴き手もお互いに、そうそう、こういう感じだったよね、と
思わずニンマリとしてしまう細かい仕掛けが満載。
その中において唯一、シャカシャカと鳴っているドラムだけが、
少し現代的なアレンジを演出しているのかと思いきや、
よくよく聴くと、その音が何ともチープで、
ファイコンのノイズ音*2かよ!とも突っ込みたくなるほど。
80年代の打ち込み音*3の草創期の雰囲気が、こんなところにもよく出ている。
このあたり、さすが妥協を許さない音職人、山下達郎の作・アレンジといったところか。
一方、松本隆のペンによる歌詞の内容にしたって、
過去を振り返る内容で、ちょっとした懐かしさを演出している。
「♪嘘をつくとき瞬きをする癖が 遠く離れてく愛を教えてた」
このあたりの歌詞なんかも、
『抱きしめてTonight』(田原俊彦/1988年/ by)の
「♪悩み事を隠すの案外下手だね 肘をついた姿勢で爪を噛んでる」あたりと
かなりリンクするように感じるのは、おそらく曲調のせいだけではないと思う。
ものは試しに、表題曲のサビ
「♪歩道の空き缶蹴っ飛ばし バスの窓の君に 背を向ける」の続きに
『抱きしめてTonight』のラスト部分、
「♪Tell Me 心なら Tell Me 動いてる 悲しみは続かない」
と歌っても曲調的にも歌詞的にも全く違和感がないではないか。
こういうところに確信犯的なものを感じてしょうがない。
街で見かけたかつての恋人、
その左手の薬指には婚約指輪(もしくは結婚指輪)が光っていた。
主人公の胸には、かつてのほろ苦い思い出がよぎり、その場から逃げるように立ち去る。
しかし心はまだ未練たっぷり。という内容。
しかし、現役の少年たち(二人とも1979年生まれというから、当時18歳かな?)に、
少年時代の苦い思い出話を歌わせるなんて。
等身大の自分を歌うことがもてはやされはじめた時代に、
何とも大胆な試みだったと思う。
未成年に背伸びした歌を歌わせるのは、昔からの常套手段だが、
背伸びを通り越して、数年後の視点から過去を振り返らせて、
現在の自分たちを投影させてしまうあたり、
相当ひねくれた歌なのかもしれない。
名曲・聴きドコロ★マニアックス
それにしても、堂本光一と、堂本剛。この二人の歌い方は驚くほどに似ている。
声の表情のつけかたから、発声の仕方、はては声質に至るまで。
歌い方には、作者である山下達郎っぽさは全くないので、
だれかほかに歌唱指導の人がいたのかもしれない。
器用にも二人はそれを忠実に再現してしまったのだろうか。
そのために、複数人が歌うことによる音の揺らぎ*4がほとんど感じられないくらい、
二人の歌唱が溶け込んでいる。
どういうトリックを使ったんだろう。
ただ単に偶然が生み出したものかもしれないけど。
ただそのせいで、デュエットで歌っているという必然性が
音の上ではほとんどなくなってしまったのがちと残念。
意味が知りたい★ここんとこ 深読み&ななめ読み
雨が躍るバスストップ
確信的にブッコんだ文学的表現。
雨が躍る、なんて表現も、バスストップ、なんて言い方も
けっして日常会話で出て来るものではない。
雨のバス停、じゃ絵にならないが、
雨が躍るバスストップ、とくれば途端に絵になるから不思議だ。
僕の心はひび割れたビー玉さ のぞきこめば君が逆さまに映る
実際にやってみるとわかるけど、ビー玉から覗いた景色は、逆さまに映る。
それはそうと、よく考えてほしい。
ひび割れてしまうとそこに不連続面ができるので
そこで光は拡散、もしくは反射してしまって、おそらく向こう側は見えないと思われる。
理科の現実的な問題なのではなくて、
これも文学的表現のひとつなんだなぁ。
ビー玉(ガラス玉)→もろひび割れやすい
ビー玉→景色が逆さまに映る
僕の心には、君の心は正反対に映り、そして僕の心はもろく崩れやすい。
硝子の少年時代の破片が胸へと突き刺さる
少年時代の破片。
すでに崩れ去ってカケラになっているけれど、まだチクチク胸を刺す。
よそゆきの街
文学的表現が続く。
普段の街、の反対としてのよそゆき。
見栄を張って、ちょっと背伸びした街にデートに行ったんだろうね。
現在入手可能な音源
脚注
*1:【ユニゾン】複数人のコーラスが、和音ではなく、同じ音程のメロディーを奏でること。
*2:【ファイコンのノイズ音】任天堂の名機・ファミリーコンピュータの音源は、矩形波が2音、正弦波が1音、ノイズ音が1音の合計4音。ノイズ音は、「シャー」というアナログテレビの砂嵐画面の音のような音で、音程はない。
なお、正確にはもう1音PCM系統の音源があるらしいが、これは周波数が安定せず音楽向きではない。
こんなチープな音源で、当時よくあれだけの音楽を奏でていたと思うと頭が下がる。
*3:【打ち込み音】プログラミングによる自動演奏のシンセサイザー音のこと。
*4:【複数人が歌うことによる音の揺らぎ】コーラス効果。複数の人が同時に歌ったり、同じ人が2重、3重に重ね録りするなどする。わずかに音程やタイミングが異なることによって、音に厚みを持たせることができる。