2002年に島谷ひとみが『亜麻色の髪の乙女』( by)のカバー*1を
大ヒットさせたことで、にわかに巻き起こったカバー曲ブーム。
2匹目のドジョウを狙って、グループサウンズ時代を中心とした
古きよき時代のカバー曲が現れては消えていった。
そんな中、個人的に次はこれではないか、と密かに目していた*2のがこの表題曲。
歌詞とメロディーは残しつつ、リズムやアレンジを大胆に変えて歌えば、
「♪思い出は オレンジ色の雲の彼方に浮かんでいる」
というようなラブリーなフレーズや、
「♪砂浜で泣き真似すると 優しい声が流れてくる」
というような主人公の小悪魔的なフレーズと相まって
そこそこのヒットになるのではないかと思っていた。
俗に「カバーアルバム」と呼ばれる、“誰それがアノ名曲を歌う!”をウリとした
悪く言えばファンの内輪受け狙い的、もしくは提供側の極めて趣味的な曲集という、
ハズレは少ないが、なんとも野心・冒険心が薄めのジャンルが確立したのが
同じ頃、同じような流れによるものだが、
そういったものの一角で、アレンジをあまりいじらない表題曲のカバーが
ひっそりと、歌い手のファン層以外に見つからない感じで
いくつか散見されただけに終わったようだ。
今からでも遅くない(と思う)から、だれかやってみないだろうか?
さて、当の黛ジュンの『天使の誘惑』はというと、
歌詞に出てくる砂浜のイメージからか、南の島をモチーフにしたアレンジになっている。
ハワイアンをイメージしたであろう、スライド奏法のスチールギターが使われていたり、
ポリネシアン風の小刻みなパーカッションの音がそれにあたる。
これらが、幾世代か時代の先取りを予感させる「ぽい」サウンドになっているのが面白い。
スチールギターと、色どりを添えるストリングスの音が重なり、
ちょっとシンセサイザーの音っ「ぽく」なっている部分があったり、
パーカッションとドラムの音が境目がわからないくらいに重なりあって、
どことなく16ビートの音っ「ぽく」なっていたりという感じだ。
歌詞についてもまた、恋愛を遊び感覚で楽しむような、カラッとした男女関係や
悪戯心から男を試したり、惑わしたりという小悪魔的な言動など、
時代の先取りをしているような「ぽさ」がにじみ出ている。
やがて
「♪二人の愛を確かめたくて あなたの腕をすり抜けてみたの」
(南沙織『17才』/1971年/ by)、
「♪ちょっとからかうはずだったのに 抱きしめられて気が遠くなる」
(松田聖子『天国のキッス』/1983年/ by
)、
「♪風が吹くたび気分も揺れる そんな年頃ね」
(早見優『夏色のナンシー』/1983年/ by
)
「♪決めた きれいな海を見ながら一日中寝ていよう」
(森高千里『私の夏』/1993年/ by)
といった、女性アイドルソングの王道に繋がる系譜が
まるで表題曲をルーツとするもののようにも見えてくるじゃないか。
後々考えてみるとそうかもしれない、程度のこじ付けではあるが、
同時代に隆盛を誇り、斜陽の兆しが見え始めたグループサウンズよりも後、
この頃に産声を上げ、次の時代をつくるフォークやブルース、ムード歌謡よりも後、
さらに次の時代に現れるニューミュージックや演歌、バンドサウンドやアイドルソング。
まるで2世代ほど後の音楽を予感させる。
といっても、あくまでルーツ的な片鱗が見えるだけで、そのものではないので念のため。
ともかく、そんな時代を飛び越えたような新しい感じのイメージが、
このアレンジから逸脱するぶっ飛んだカバー曲を出現させない遠因なのかもしれない。
ひつこいようだが、今からでも遅くない(と思う)から、だれかやってみないだろうか?
意味が知りたい★ここんとこ 深読み&ななめ読み
天使の誘惑
「♪砂浜で泣き真似すると 優しい声が流れてくるの」というような、
遊び半分で男どもをからかう主人公の言動は、およそ「天使」のイメージからは程遠い。
つまり、「天使」とは、子どものような悪気のない無邪気さを指す言葉だろう。
悪気無く人を傷つける行為ほど残酷なものは無く、
主人公が思わせぶりな態度の裏には、
苦渋を飲んだ多くの男たちがいたであろうことは想像に難くない。
そんな、それまでチヤホヤされてきた中で現れた
「♪私の唇に 人差し指で口づけをして あきらめた人」。
それでおしまい?というような態度を見せられてはじめて、
自分がそれまでに行ってきた罪深い行為に気づいたのではないだろうか。
「♪恋の意味さえ知らずにいたの」と振り返るが、
それは単なる驚きであって、恋ではないことには気づいていないようだ。
現在入手可能な音源
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※該当曲を聴ける保証はありません。
脚注
*1:【『亜麻色の髪の乙女』のカバー】オリジナルは、1968年のヴィレッジ・シンガーズ( by)でオリコン最高位7位/19万枚。オリジナルは、いかにもグループサウンズブーム真っ只中といった感じのアレンジで、島谷のカバーはよくここまで化かしたものだと思えるほどの出来。オリジナルを越えるオリコン4位/38万枚を記録している。なお、ヴィレッジ・シンガーズの前、1966年に青山ミチが同曲をレコーディングするもリリースに至らなかったという前歴もあり、40年近くにもわたる紆余曲折を経た楽曲になった。
*2:【次はこれと目していた】といっても、それを誰にも告げていないし、言っても注目を浴びることは皆無のため、単なるひとり妄想でしかない。