こうやって、ただひとり
呑み屋でチビチビやっているだけで
歌になるのだから、演歌ってすごい。
「♪しみじみ飲めばしみじみと」
「♪ホロホロ飲めばホロホロと」
「♪ぽつぽつ飲めばぽつぽつと」
しかし、いずれも言葉としては意味不明だ。
「しみじみ・・・」はもう頭の中に固定された語句として
染みついてしまっているので、それほど違和感を感じないが、
しみじみ飲むってどういうことよ、と改めて思う。
しみじみ動く、とか、しみじみ立つ、
とかに違和感があるように
単純な所作の装飾にはあまり向かない言葉だ。
しみじみ眺める、とか、しみじみ考える、といった
感情を伴う動詞を修飾するのに適している。
だけど、言いたいことは、必要以上にわかる。
飲めば、しみじみ*1と思い出が頭をよぎる。
飲めば、ほろほろ*2と心がすすり泣く。
飲めば、ぽつぽつ*3と未練がわき上がる。
この辺は、意味や前後のつながりよりも
音の印象を重視している(と思われる)阿久悠のなせる業なのだろう。
しかし、そんなことは比較的どうでもいい。
この曲で一番重要なのは、八代亜紀のその歌声だ。
その独特の声質と節回しで、聴く者を、宇宙人でさえも*4魅了する。
歌の良し悪しを決める最も大きな要素は、
メロディーやリズムであること言うまでもない。
しかしそこに決定的な最後のひと押しをするのは、
歌のうまい下手もさることながら、
「歌声」
声質や節回しが大きなウエイトを占めていると思う。
どれそれの曲が好き、ではなく、誰それの歌が好き、という場合
その多くはメロディーではなくその歌声に魅了されているのだと思う。*5
個人的に、誰が歌ってもヒットする曲、というのは
実は存在しないのではないかと思っている。
だからこそ、この「百名曲」では
「特定の歌い手によって知られている」
という要素を、選定条件のひとつに入れているのだ。
八代亜紀が歌ってこその、舟唄、なのだ。
名曲・聴きドコロ★マニアックス
途中で挿入される『ダンチョネ節』
八代がたっぷりと歌いあげる。
元々この部分は神奈川県の民謡だということだ。
「ダンチョネ」自体にはそれほど意味はなく
ソーラン節やズンドコ節と同様に、
掛け声や擬音語の類と思われる。
あるいは、究極まで意味を求めていけば
ダンチョネ、響きからすると朝鮮語っぽいが・・・
誰か心当たりありませんか。
意味が知りたい★ここんとこ 深読み&ななめ読み
「沖のカモメに深酒させてよ いとしいあの娘とヨ朝寝する」
カモメに深酒させる、とは
カモメを酔わせてでもおとなしくさせたい、
という願望だと思われる。
『石狩挽歌』(北原ミレイ/1975年/ by)にも歌われているが、
海鳥が騒ぐところには魚の群れがいるので、
漁師はそこに船を出さなければいけない。
海鳥が泣かなければ、いとしい女とゆっくりと朝までいられる、
という思いからきた言葉だろう。
「ときどき霧笛がなればいい」
・・・でいい、これもいらないという割には
かなり注文が多い男*6だ。
おそらく、「なくていい」のではなく、「あってはいけない」のだろう。
しかしかなりどうでもいいが、この部分、
「♪ときどき無敵になればいい」という替え歌が頭をよぎり、
スターをとったマリオが、
頭の中を跳びはね始めるのでたいへんいけない。
雰囲気台無し。
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