日本百名曲 -20世紀篇-

20世紀の日本の歌曲から、独断と偏見で100曲を紹介(500名曲もやるぜよ)

『夜桜お七』 坂本冬美 ~ 蜃気楼のごとく一瞬かいま見えた、演歌の明るい未来

こと音楽に関しては、基本的にかなりの雑食であるつもりなので、
今更ジャンルにこだわったり、ジャンル談義をするつもりはさらさらない。
というよりも、ジャンルの違いというものを
よく理解していないがゆえの雑食とも言えるのでなおさらだ。
ジャンル談義をするスキルを持ちあわせていないというのが正直なところだ。*1

それでも、この『夜桜お七』という曲が、その意に反して
図らずも演歌というジャンルにひとつの引導を渡してしまったということに、
あえてちょっと触れてみたいと思う。


従来の演歌像に囚われない、革新的な作風に
新進気鋭の作家の仕業と思いきや、
作曲は三木たかし*2、編曲は若草恵*3という昔なじみの顔。

通常、演歌をポップスやロック寄りのアレンジにすると、 
それはいわゆる歌謡曲になってしまうのだが
「夜桜」というキーワードをもとに、妖しいまでに幻想的な雰囲気に始まり、
ザビはまさにジャパニーズ・エンターテイメント。
大変ポップな楽曲に仕上がっている。
どことなくロックっぽくも、ニューエイジっぽくも、フュージョンっぽくもあるが
トータル的に突き詰めていくと、どういうわけか、
これはまちがいなく演歌であるという摩訶不思議な確信を得る。



当時すでに斜陽に差し掛かっていた演歌というジャンルにあって、
この曲が、演歌の未来を切り開いた、と感じた人も多かったに違いないと思う。

しかし後が続かなかった。
間違いなく演歌ながら、明らかに新しいもので、なおかつ取っつきやすい。
この曲が、そんな絶妙なバランスの上に立ち過ぎていたのだと思う。

輝かしく見えた未来の再現もままならず、
こののち、ヒットチャートに「過去作品の焼き直し」
あるいは「歌い手のキャラを前面に打ち出した」以外の演歌が
現れることはなくなってしまった。

ただただ、演歌 イコール 
奥飛騨慕情』(竜鉄也/1980年/ by)の替え歌的な、
どれを聴いても同じ、という悲しいイメージだけが残されてしまった。


シングルジャケット/駿河屋より
夜桜お七

夜桜お七

 
  • 作詞 林あまり、作曲 三木たかし、編曲 若草恵
  • 1994年9月2日、東芝EMIより発売
  • オリコン最高位24位
  • 歌詞はうたまっぷへ:夜桜お七 坂本冬美 歌詞情報 - うたまっぷ 歌詞無料検索
  • 曲にまつわる背景などはwikipediaにくわしい:夜桜お七 - Wikipedia

  • さて、曲名にある「お七」が、明らかに八百屋お七を指していることは、
    ちょっと調べればすぐにわかる。
    それがために、短絡的に江戸時代を舞台にした歌だと思われている節があるが、
    それはちょっと違う。

    あくまで、主人公の女性が、自分をお七になぞらえているだけだ。
    たとえば、「♪銀色の翼の馬で駆けてくる 20世紀のジャンヌダルクよ」と歌う
    『君のひとみは10000ボルト』(堀内孝雄/1978年/ by
    の舞台はフランスでもなければ、ヒロインは決してジャンヌダルクではないし、
    「♪目覚める明日がいつまで続くのかと 問いかけるナイチンゲール」と歌う
    『真夜中のナイチンゲール』(竹内まりや/2001年*4 by
    の舞台もクリミア半島でもなければ、
    主人公は決してナイチンゲールではないのと同じように。


    そうじゃなければ、「♪口紅をつけてティッシュを咥え」るのはおかしいでしょ?
    唇に紅をさして、付きすぎた紅を紙で抑えるなんて仕草*5
    江戸時代当時存在したのかどうか知らないが、少なくともティッシュではなく懐紙だろう。


    話はそれたが、八百屋お七とは実在の人物で、愛しい人に会いたいがために
    放火をして極刑に処された、ちょっと危ない女の話。
    こんなことで歴史に名を残し、数百年後に流行歌に名を刻むとはまさか本人も思うまい。
    「出歯亀」という言葉を後世に遺してしまった、出っ歯の池田亀太郎氏にも通じる。
    いやはや迂闊なことはできないものだ。


    翻ってこの歌の主人公は、「♪いつまで待っても来ぬ人」に対し
    恨み節を爆発させて
    「♪私は夜桜お七」と、怖いことを言っている。

    桜舞い散る夜更けに、狂気じみた発言。
    いったい何をしでかす気だ?



    意味が知りたい★ここんとこ 深読み&ななめ読み

    置いてけ堀
    この表記に違和感を感じたが、そもそも置いてけぼりの「ぼり」って何だという話。
    置いてけぼりとは、置き去りにされるとか、待ちぼうけを食うとか、
    そんな放置プレイ的な意だと思うが、それと堀がどう関わるのだろう。
    語感が似ている「しょんぼり」の「ぼり」と同じなのだろうか。

    調べると、「置行堀」という、江戸本所にあるお堀だとか。
    言われてみれば「置いてけ~、置いてけ~」という怪談あったよな。
    夜釣りの帰りに、薄気味悪い声に追い立てられる話。それが置いてけ堀だったか。
    置いてけぼり、という言葉が先にあって、それのダジャレ物語ではなかったのだな。

    ただし、この歌に出てくる置いてけぼりは、お堀の方ではなく、待ちぼうけを食らうほうだ。
    「♪いつまで待っても来ぬ人」だもんな。
    待ち合わせに来ない相手に腹を立て、腹いせにそこいらを蹴飛ばしたところ、
    履物の鼻緒が切れて蹴躓いた話。まさに踏んだり蹴ったり。

    ところで何で踏んだり蹴ったりは、なぜ「踏まれたり蹴られたり」ではないのだろう。*6
    踏むより踏まれた方が、蹴るより蹴られる方が、つらいと思うのだが。
    相手がウンコだったのだろうか。

    そういや、しょんぼりの「ぼり」って何よ?



    おぼろ月夜
    同名の唱歌 by)もあるが、
    靄がかかったようによく思い出せないことを「おぼろげ」というように、
    かすみ掛かってはっきりしない月の出る夜のこと。

    かすみ掛かっている原因は、主人公の涙なのかもしれない。



    現在入手可能な収録CD/視聴可能
    女唄

    女唄

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    ▼ 坂本冬美
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    脚注

    *1:スケールの違いとか、知らねーって。。
    ちなみにここでいうスケールとは、規模の違いではなく、いわゆる音階の違いのこと。

    *2:三木たかし 代表作品(作曲)に
    石川さゆり津軽海峡冬景色』(1977年/ by)、
    テレサテン『時の流れに身をまかせ』(1986年/ by)、
    わらべ『もしも明日が…』(1983年/ by)、
    あべ静江『みずいろの手紙』(1973年/ by)、
    西城秀樹『ブーメランストリート』(1977年/ by)、など多数

    *3:若草恵 代表作品(編曲)に
    研ナオコ『かもめはかもめ』(1978年/ by)、
    欧陽菲菲『ラヴイズオーヴァー』(1982年/ by)、
    辛島美登里『サイレントイヴ』(1990年/ by)、
    ロスインディオス&シルビア『別れても好きな人』(1979年/ by)、
    美空ひばり『愛燦燦』(1986年/ by)、など多数

    *4:あ、20世紀の歌じゃないや!

    *5:ティッシュオフというらしい。

    *6:受動的な災難にはあまり使わない言葉なので、踏まれたり蹴られたり、でもおかしいのだけれど