1980年代後半日本。この浮かれまくった時代に存在したあらゆる事象に「バブル」の影を語りたがるのは、極論すぎる以前にワンパターンで気が引ける。
実際、この稿の書き出しを、
「24時間戦えますか?」というイカレたキャッチコピーが何の違和感もなく受け入れられ、そのキャッチコピーを下敷きに制作されたCMソング『勇気のしるし』(牛若丸三郎太/1989年/)が大ヒットしてしまうほど、日本中が浮かれまくっていた時代、
…などと書き始めてみたものの、同じような書き出しを『花咲く旅路』(原由子/1991年)の回に行っていたことに気づいてボツにした、という程度には、このバブルという時代にステロタイプ的認識を持ってしまっている自分がいる。
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だいいち、80年代後半という時代にあった全ての人やモノが、バブルに踊らされていたかというと、そんなワケないはずだし、その時代に生み出された幾多の楽曲たちの、決して少なくない数が今現在でも共感をもって受け入れられているところを見ると、特に心情に直接訴えかけるような芸術の分野においては、決してその時代時代の流行り廃りにふり回さわれてばかりではないのだと思う。
さて、そんな時代に登場した、この表題曲のバックグラウンドにあるものをひとことで言い表すならば、やっぱりこの言葉しかないだろう。
『バブル』
(ツッコミ待ちの間)*1
いや、だって、しょっぱな第一声が「♪街のはずれで シュビドゥバー」だよ?
これが浮かれてないって、誰が思うよ。
「♪夢にまで見たマイホーム」
・・・時代だねぇ。
いわゆる「一国一城の主」を夢見て(今思えばなんてスケールの小さい一国一城だろう)、世のお父さん方は郊外の分譲一戸建てやマンションの抽選に群がり、ちょっと無理をして身の丈に合わない買い物をすることを人生の目標にしていたんだから。そしてそれがごくごく当たり前の衝動だった。
それが今や、マイホームが夢だなんて、経済観念の欠如した世迷い言と言い捨てられても、ちっとも不思議じゃない時代になってしまった。
むしろ、都心のタワーマンションの上階に、聞くに恐ろしい月額の賃貸で入ることの方が、よっぽど成り上がり者のステータスのようになっているようで、価値観というのはこうも時代に影響されるものかと思う。
「♪突然忍び寄る怪しい係長 悪魔のプレゼント 無理矢理3年2か月のいわゆる一人旅」
・・・時代だねぇ。
企業戦士(そういう言葉も流行った)として、転勤や単身赴任の一つや二つ、文句も言わずにこなしていけるようじゃないと一人前とは認めてもらえなかった時代。それこそ「24時間戦えますか?」と会社に本気で言われてもおかしくなかったし、キャリアを積むために本人自らが望んで戦地に赴いていた感もある。
それが今や、こんなことしたら係長の方がパワハラで一発退場だ。
就職段階から、転勤の有無やその条件が提示され、部下に転勤を依頼するにも、前もって意向調査や根回しをしておかないと、せっかく育てた社員に逃げられてしまう。転勤を告げる係長のような下っ端の中間管理職のほうが、よっぽど大変な時代になっているかもしれない。
「♪枕が変わっても やっぱり やるこた同じ ボインの誘惑に出来心」
・・・時代だねぇ。
遊ぶのも仕事のうち、浮気だって甲斐性*2のうち。本気でさえなければ、奥さんも文句言わないどころか「亭主元気で留守がいい」なんて言葉が流行る始末。
それが今や、こんな言動には世間の目が相当に厳しい。単身赴任の寂しい身空ならまだ同情の余地はあるかもしれない(それでもサイテーなクソ野郎であることには変わりない)が、枕が変わる前=単身赴任前からホイホイと他の女についていっていたなんて、どの口が「♪君をこの手で抱きしめたい」なんてほざくのかね。
「♪二度と出られぬアリ地獄」
・・・時代だねぇ。
いったん就職したら、会社に滅私奉公の終身雇用。社内競争に打ち勝ってキャリアを積んでくしか出来ることがない。転職なんて、会社からドロップアウトした人間のなれの果てでしかない。
それが今や、転職なんて当たり前で、逆に会社の方が入ったばかりの新入社員や、せっかく育てた中堅社員を逃さないようにあの手この手でなだめなければいけない時代。
そういえば、「♪職業選択の自由アハハン」という歌詞が耳に残るCMソング『じゆう』(シーナ&ロケッツ/1991年/)が流行るなど、就職・転職は個人の意志だと、意識が変わりはじめた時代は表題曲と同時期なんじゃないかなぁ。
とまあ、こんな具合に、今じゃ考えられないような言動をまくしたてるこの歌。
色々と例を挙げたように、現代とは価値観がまるで違うためとっても感情移入しづらい・・・とは必ずしも言い切れないのが不思議なところ。
おそらくここでポイントになっているのが
「♪僕がロミオ 君がジュリエット」
「♪僕が寛一 君がお宮」
のくだり。どちらも悲恋の物語に登場する恋人たちの名前で、前者が14世紀のイタリアを舞台にした戯曲「ロミオとジュリエット」*3、後者が明治時代の日本を舞台にした小説「金色夜叉」*4からきている。
主人公たちを、それら過去の時代の登場人物に見立てたことによって、現代の視点からすると、表題曲の「僕と君」も、あたかも「バブルという時代」の登場人物として俯瞰的に眺めることが、はからずもできるようになった。
おかげ様で表題曲は、まるでトンデモ時代を茶化した一種のドタバタコメディ時代劇として楽しむことができるようになったわけだ。しまいには「♪君が寛一 僕がジュリエット」と、性別と物語がこんがらがってしまうオチまでついている。
主人公の言動に共感できるかどうかについては、それはそれで別の話。
さて、バブルの影響は、歌詞だけでなくアレンジの方にも現れている。演奏がバンドとオーケストラの混成になっていることがそうだ。
それだけ聞くと、それがどうしたの?って感じになるだろうけど、これは当時の時流としては異端、あるいは時代遅れのことなのだ。
シンセサイザーによるアレンジが最先端にして最上とされ、主流になりつつある時代にあって、このアレンジは時代遅れどころか時代を逆行しているような雰囲気さえあったはずだ。
しかも、管弦楽のミュージシャンを集めたうえで、セッション的なアレンジ(プロデューサーやアレンジャーによるおおよそのイメージをもとに、各ミュージシャンが思い思いにアドリブ演奏し、どれを採用するかを順次決めていくアレンジ方法)ではなく、ちゃんとスコア(楽譜)を書く人を用意してから録音したアレンジになっている。これはあくまで聴いた感じからの直感でしかないが、字余り気味に演奏される木管楽器のパートなどにその気配を感じる。アラビアンな香りのするクラリネットの旋律も妙に気になるところだ。
そうではなかったにせよ、シンセサウンドではなく大勢のミュージシャンを集めた「本物志向」にあえて踏み切るあたりに、金をかけるところにはとことんかける「バブル」っぽさが見て取れるのだ。
バブル時代といっても、決して湯水のようにむやみやたらに金をばらまいていたわけではない。ここぞと目を付けたところには、惜しまずに金をつぎ込んでいただけなのだ。そして、そういう費用がかけられるのは、個人発信が可能な現代なんかよりももっと狭き門をかいくぐってチャンスをつかんだ者のみに与えられる特権だったはずだ。
表題曲が、実はこのUNICORNというバンドのファーストシングル*5だと聞くと、これは決してバブルに踊らされた無駄遣いなんかではなく、その後の活躍に見合った投資だった、と現代の我々からの視点では見ることができる。
当時の人からすれば海千山千に対するいちかばちかの賭けだったのかもしれないけどね。
意味が知りたい★ここんとこ 深読み&ななめ読み
It's a FUNK!
曲の始まりに奥田民生が叫んでいる言葉。「まさにくだらねぇ」くらいの意味だろうか。
もしかしたら「It's a PUNK!」と言っているのかもしれないが、まあ、意味合い的には似たようなものだろう。
なお、FUNKもPUNKも音楽ジャンルの名ではあるが、ここでは関係がないような気がする
シュビドゥバー
音楽ジャンルの一形態である、「ドゥワップ」の代表的な合いの手の掛け声。
「♪しゅびどぅわっ、わっ、どぅびどぅわ」のような感じのコーラスが入る歌。
シャネルズの『ハリケーン』(1981年/)あたりを想像してもらえればいいと思う。
この掛け声自体にはさしたる意味はなく、日本でいう所の、民謡の「あ、ソーレ」や「ハァー、どした」などと似たようなものと考えてもらえれば理解してもらえるだろうか。
現在入手可能な音源
やっぱ生で聴きたい人は、ライブ・イベント情報&チケット
※該当曲を聴ける保証はありません。
脚注
*1:【ツッコミ待ちの間】このボケ方もどこかで使ったような気がしてしょうがないのだが、見つからない。しょうもなさ過ぎてボツにしたのだろうか
*2:【甲斐性】「頼もしさ」のことで、個人の包容力や度量を指す言葉だが、転じて金銭的な頼り甲斐を主とした、人としての有能さを指すことが多い。財力のないことを甲斐性なしという言い方もする。
同様に「甲斐」が付く言葉は意外と多くあり、説明が難しい抽象的な意味のものが多いのが特徴。「不甲斐ない」「生き甲斐」「年甲斐」「甲斐甲斐しい」「甲斐もなく」など、いずれも気力や根性、分別のような「心持ち」の程度を表す言葉である。漢字表記では「甲斐」の字を使うが、実際のところ今の山梨県である甲斐国とは全然関係ないらしい。
*3:「ロミオとジュリエット」シェイクスピア作。バルコニー越しにロミオとジュリエットが対峙する場面が有名。表題曲にバルコニーが出てくるのはここからきているものと思われる。
*4:「金色夜叉」尾崎紅葉作。タイトルは有名だが、どういう内容か知っている人は少ない。そのせいで、カンイチとオミヤの元ネタは、わざわざ調べない限りは知る人が少ないだろうと思う。
*5:【UNICORNというバンドのファーストシングル】「デビューシングル」と言わないのは、このバンドはアルバムデビューであるため。シングルとしては最初だけれどもレコードとしては3枚目らしい