主人公は、今で言う「中二病」をこじらせているように思う。
説明するまでも無いかもしれないが、中二病なる俗語の意味するところを要約すると、
自分やその周辺に何らかの「妄想的設定」*1を設け、その設定を達成するために自らにキャラ付け*2をしたり、強がり的な背伸び*3をするなどして、言動や服装を「それっぽく演出」するイタい行動の数々を、ひとつの症候群と称したものである。
罹患年齢は必ずしも中学2年生である必要はなく、むしろもっと歳がいっているにもかかわらず、
相変わらず中学生のような妄動を繰り返すような人間のことを指すように思う。
表題曲は、全体にかなり難解な歌詞であるが、その前提で眺めてみると状況が見えてくる。
自ら生み出した虚構の世界に浸りつつも、周囲(もしくは「MAY」のみ)に対しては普通の人として振舞おうとする「隠れ中二病」の葛藤の姿が。
「♪MAY 内緒でそう呼んでるの」
心の中だけの言動とはいえ、好きになった相手に対しそんなメルヘンな名前で呼んでいる時点ですでに尋常じゃない。アルファベット表記なのがさらにイタい。
そんな相手に普通に会っているだけなのに、主人公の心の内では妄想が暴走する。
このときはおそらく、主人公の挙動不審な言動に対して相手が軽くツッコむなりしたのだろう。
するやいなや主人公は虚構の世界にトリップしてしまう。
「♪あなた沈んでても 慰めの言葉は百も思いつくけど」
今、この人がふくれている本当の理由は、人に言えない秘密───たとえば、実は魔法の国の王子様だったとか、男の子のふりをしているけど実は女の子だった───を、心を許した友達にも明かすことが許されない、そんな悲しみを人知れず抱えているからだと。
救いなのは、主人公の中二病が、本人の心の中だけで繰り広げられており、周りにはおくびも出さないことだろう。
「♪きっと内気だと思ってるね」
周囲にそう思われていることを自覚しつつも無口を装うしかない主人公。そんな頭の中ではとんでもなくおしゃべりで、思考もぶんぶん高速回転している。きっと、よだれもじゅるじゅると出ていることだろう。腐女子*4か。
しかし、自分の世界が虚構であることも認識しつつも、虚構にひたる心地よさから抜け出ることを意識的に拒んでいる。
「♪だけど言えない・・・あなたが魔法をかけた 秘密の庭の中ではどんな言葉も嘘なの」
「♪声に出して呼びたいな でもこれ夢だから 醒めると困るからダメ 教えないわ」
虚構の一端を、ついうっかり口に出そうものなら「はあ?」という反応とともに、設定をすべて否定されてしまうのを恐れているから、現実にはまともな反応を返せず、とんちんかんな一言のみを発してしまう。
怒っている相手に対して、「♪きれいね とつぶやくだけ」。なんということだ!
そんな自分が相手を困らせていることも十分承知しており、それゆえに虚構の世界から脱したいと本気で思い始めている。
なぜなら、虚構の設定上の相手ではなく、現実の世界の人間としての相手を好きになってしまったから。
「♪だれよりも好きよ 世界が震えるほどに いつか大きな声で告げるわ」
主人公は、生身の人間としての自分の気持ちを大きな声で告げることが、虚構の世界からの脱却だと信じているようだが、まずは「世界が震えるほど」というような大それた設定表現を抑えられるようになることが肝心だということに、いつか気付ける日がくるのだろうか。
表題曲の奇妙さは、そういった歌詞の世界観だけでなく、現実的な楽曲の発表の仕方にもみられる。
実はこの曲、双子なのだ。
斉藤由貴のシングルの発売とまったく同じ日に、同じレコード会社から、「MAY」のシングルを、
作詞を担当した谷山浩子がリリースしているのだ。
齋藤のバージョンの方が大ヒットしたため、谷山のバージョンはしばしばセルフカバー扱いされるが、同じ日のリリース曲を「カバー」と呼ぶのは適当ではない。
むしろ、谷山バージョンはアレンジに隙が無く、完成度が数段上であり、急遽作ったデモのようなシンプルアレンジの斉藤版のほうがメインではなくサブではないかとさえ思えてしまう。好みの問題もあると思うが、もしもどちらか一方しか選べないとしたら、自分は谷山バージョンを選ぶだろう。
歌唱に関しては、斉藤のほうが「不思議ちゃん」的なファンタジックで現実感の無いボーカルで、歌詞のイメージに合っていると思う。サビの「好きよ」を何度も繰り返す最後の「好きよ」が、セリフチックになる部分などは、双方同じような歌い方をしているが、さすが女優である斉藤のほうがゾクリと来るような鋭さを持っている。谷山の歌唱はファンタジックを通り過ぎて崇高な感じで、不思議ちゃんというよりは「オフシギサマ」の域まで達してしまっているようだ。
さて、当時プロモーション用に放送局などに配られたサンプル盤*5では、なんとA面が斉藤由貴の「MAY」、B面が谷山浩子の「MAY」になっていた。レコード会社はどういう意図でこの双子を産出したのか。本当に謎である。
両方とも売れることだけを考えたら、出せばソコソコの知名度が獲得できるにきまってる「売れっ子アイドル」である斉藤のバージョンを出してからしかるべき後に、アーティスティックな谷山の「セルフカバー」バージョンを出した方が2度おいしいはずなのに。
なお、作曲のMAYUMIはそれほど名の知れた人物ではないが、これはかなり変わった経歴の持ち主で、堀川まゆみ名義で4代目クラリオンガール*6としてモデル業で活躍したのちに、作曲家に転身(!)し、稲垣潤一「僕ならばここにいる」(1993年/ by)や、酒井法子「イヴの卵」(1990年/ by)などのヒット曲を生み出している。
「MAY」とは、そんな不思議な存在である「MAYUMI」の最初の3文字から来ているのではないか、そんな気もしてしょうがない。
なんにしても、裏も表も不思議なことだらけの歌であることよ。
意味が知りたい★ここんとこ 深読み&ななめ読み
MAY
はじめて会った「眩しい木漏れ日の中」の出来事が、おそらく5月だったのだろう。が、しかし、それだからといってMAYというあだ名にするかね。普通。
相手ができるだけ「違う世界の住人」であることを強調するため、あえて普通じゃない呼称にしたものと思われる。
あなたが魔法をかけた
直前の歌詞「きっと内気だと思っているね」もそうだったが、主客が転倒している。「あなた」が魔法をかけたのではなく、あなたを見た「私」が、魔法がかけられたかのように妄想の世界へトリップしただけだろう。結果的に、あなたが魔法をかけて生まれた世界は、現実の世界から見ると「みんな嘘」になってしまった。
華奢なガラスの鳥
鳥かごから解き放ちたいのに、現実の世界に解き放つとすぐに壊れてしまうから、開けられずにいる主人公の虚構の世界のことだろう。しかし、2重に装飾をつけて「華奢なガラスの鳥」と表現しているあたり、まだまだ中二病的な症状が収まりそうにない。
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※該当曲を聴ける保証はありません。(…というよりはこの人の場合舞台のチケットがメインで表示されるよなぁ)
▼ 谷山浩子