どこまでも、どこまでも音階の上がっていく歌唱。
どこまでも、どこまでもヒートアップしていく演奏。
歌いだしからクライマックスまで、この歌唱と演奏の二つが、螺旋のようにたがいに絡み合い、頂点まで上り詰めていく。
それはまさに圧巻のひと言。
ん~、あふれる思いが強すぎるのか、うまく文章で表現することができない。
自分の中では、日本の楽曲のなかでも5本の指に入るくらい、「超」の付く屈指の名曲*1だと思っているんだけれど。
岩崎宏美の、20代前半とはとても思えないような見事な歌いっぷりに感服しきりだ。
「♪さぁ 眠りなさい~」と始まるくせに、前述のようにどんどんヒートアップてしまって
これではとてもじゃないが眠れないじゃないか!
タイトル『聖母たちのララバイ』だが、なぜ、聖母(ここではマドンナと読ませている)「たち」と複数形になっているのだろうか、というどうでもいいことに着目してみる。
「たち」を入れた方が言葉の響きがいいことは確かだが、
「♪いつも私は あなたを遠くで見つめている 聖母」
主人公である「マドンナ」以外の女性は歌詞中には登場しないので、おそらく曲ができてから後付けされたときに「たち」が付いたのではないかと思う。 「聖母」という字があてられたのもその時かもしれない。
しかし、「たち」を抜いて「聖母のララバイ*2」では聖母マリアの子守歌、という意味になってしまう。
「♪私は、、、マドンナ」というのは、何かとまずかろうという判断が働いたのかもしれない。
すでに歌詞中に使用している「マドンナ」という語句を違和感なく受け入れられるように、女性が持つ、”普遍的な母性”の象徴としての「聖母」という意味合いを持たせるために、女性一般をさすように「たち」をつけた、という推測が成り立つ。
女性は一人しか登場しないが、
「♪男はみんな 傷を負った戦士」
男は複数登場している。
男たち一人ひとりに、母性をくすぐられた聖母がそれぞれにいるのかもしれない。
男たちの数だけ、マドンナたちがいるのだろう。
そして男たちは皆、それぞれの聖母の前では弱い部分を見せるのだろうか。
名曲・聴きドコロ★マニアックス
この曲を語るうえで避けて通れない部分なのでここで触れておく。
この曲の作曲者「木森敏之、ジョン・スコット」と連名になっている点だ。
これは発表後に盗作の指摘があったことに由来する。
問題となった『Laurel And Owens』(1980年/
)と聴き比べると、たしかに、Aメロがそっくりなのがわかる。
これが故意の盗作*3か、偶然の一致か、潜在意識下の引用*4か、どれが正しいのかはここでは置いておいて、この問題が勃発したときは、名を捨てて実を取る対応が行われたことに着目したい。
通常は、プライドを守るため、言いがかりだという気持ちを前面に押し出して、降りかかる火の粉を払いのけるのが通常の対処だと思う。1
しかし、この争いでは、訴えられた側がいともあっさりと折れた。
争えば、勝つにしろ負けるにしろ販売に影響も出るだろうし、場合によっては販売差し止めになる可能性だって無くはない。
ブームが去ってもなお、裁判だけが延々と続く、なんて事例も過去にいくらでも見受けられる。
そこを、訴訟人を共作者のひとりとしてクレジットすることで、曲が売れるほど訴訟人にも利益になるように和解を成立させた。
敵対するのではなく、むしろ味方に引き入れてバックアップさせる道を選んだのだ。
もちろんこのことは、盗作を公に認めることとなるので作者側の名誉は相当損なわれる。
しかし、『聖母たちのララバイ』という曲にとっては、足を引っ張るものがなくなるので、結果的にはこれが一番良い幕引きだったのだろう。
意味が知りたい★ここんとこ 深読み&ななめ読み
「できるのなら 生まれ変わり あなたの母になって」
屁理屈をこねれば(いちいち断らなくとも、ここで書いていることは常にそうだが)、仮に女性の方が生まれ変わっても、母になることはできない。
男が生まれ変われば、女性が母になることもあるかもしれない。
「可能であれば、あなたを殺して、生まれ変わりのあなたを産んでみせる。」
こわい。
「この街は戦場だから 男はみんな傷を負った戦士」
短絡的に、戦地での歌、と思ってはいけない。
この街を戦場としてとらえると、男はみんな戦士なんだ。
という意味。
本当に戦場であれば、「戦場だから」という前提条件を付けるはずがない。
世間でもまれる男が、ふと見せた涙を見て、恋愛よりも強い、母性の愛で包み込もうという主人公の決心を表した曲。
最後にどうでもいいことだが、勝沼*5のよう地形を見ると、
「♪この街は 扇状地だから~」
とおもわず歌ってしまうのは、大変良くないことだと思う。
自分が突然旅先で表題曲を歌い出したならば、そこはたぶん扇状地なのだろうと思ってほしい。
現在入手可能な音源
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※該当曲を聴ける保証はありません。
脚注
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わが敬愛なるジョージ・ハリスンは『マイ・スウィート・ロード』(1970年/)がシフォンズの『He's so Fine』(1963年/)の盗作だと訴えられた時には、結局裁判で負けたが最後まで争っている。
このときは、まったくの第三者(しかもジョージの元関係者)が、賠償金をとるために曲の権利を買い取って訴えたのだから非常にタチが悪い。
なお、『マイ・スウィート・ロード』作者クレジットは変更されずジョージのままで、賠償金の額は訴えた人が権利を買った額と同額ということで決着している↩


