1977年の『案山子』(さだまさし/
)にしても同様なことが言えるのだが、この『精霊流し』という曲は、場面が進んで人間関係が判明していくにしたがって、どんどんその相関図が不可解になっていくのはなぜなのだろう。
表題曲に登場するのは、
故人である「あなた」
主人公である「私」
精霊流しに参列してくれた「お友達」
場違いにはしゃぎまわる「小さな弟」
そして「母さん」だ。
厳密にいえば「人ごみ」も出演するけどこれはモブ*1なので除外していいと思う。
実際には、表題曲のモチーフになった出来事があり、モデルとなった家族も存在する*2らしいが、あくまでモチーフであり、モデルであって、当たり前だが全てが実話というわけはなく、設定や出来事が脚色されているのは間違いない。
元となった話は、それはそれで横に置いておいて(なぜ?)、いつものように歌詞の読み込みを進行してみよう。
導入部の歌詞はすんなり受け入れられる。
ここ1年の間に亡くなった「あなた」の新盆*3に、「わたし」や「母さん」、友人たちの手で精霊流し*4が執り行われる場面だ。
若くして亡くなった「あなた」と、その妻(あるいは婚約者)だった私。
二人はそんな関係だろうと想像できる。
というか、二人の関係はそういう認識で間違いないとは思うのだが、ひねくれた自分の思考が安易な解釈を許してくれない。
「♪二人でこさえたおそろいの浴衣」という描写からは、二人のどちらかが、ある程度の金銭や技術を扱える年齢であることがうかがえる。
「こさえた」ということはだれかに買ってもらったわけではなく、自らオーダーしたか、自ら縫い上げたのどちらかだろうから。
だけど、文字通り自分たちの手でおそろいの浴衣を縫い上げた、若い姉妹や女友達同士という可能性や、二人が何らかのパフォーマンスデュオをやっていて、ユニフォームとして浴衣をそろえた、という可能性をまだまだ否定したくはないのだ。
ここで意外な人物が登場する。
「♪私の小さな弟が」
人の生き死にが重い現実として実感できないような、幼い弟が登場することで、人間関係が一気にわからなくなる。
もちろん、主人公にやたら年の離れた弟がいる可能性*5は捨てきれない。
場の空気の読めない、背の低いとっちゃんボーヤの実弟、あるいは舎弟という可能性もある。そんな可能性は挙げだしたらきりがない。楽しいけど。
なお、わざわざ「私の」と断っているところを見ると、故人とこの弟にはおそらく血縁関係がないことがうかがえる。
「♪あなたの愛した母さん」
「母さん」という呼び方にかなりの引っ掛かりを覚えるのは自分だけだろうか。
「お母さん」ではなく、「母さん」だ。友達は「お友達」と歌っているのに。
彼がしきりに自らの母親を「母さん」「母さん」いうので、皮肉を込めて心の中で「あなたの愛した『母さん』」呼ばわりしている可能性もあるけども。
はてさて、この母さんは誰の母さんなんだろう。
さぁ、そんな疑問を全てを解決させる人物相関はコレだ!
(ちょっとひどい相関なので、本気のファンは読み飛ばそう!)
母さん → 主人公の実の母親で40前後。シングルマザーだが最近になって若い恋人ができた。
あなた → 年のころ30台だろうか。主人公の母親の恋人。
私 → 中学生くらいの女の子。母親の連れてきた恋人と妙に気が合う。
弟 → 小学校低学年の男の子。母親の恋人、という存在がいまいちピンと来ていない。
新しい父親、というよりも、どちらかというと兄ができたような気分。
こいつは墓場まで持ってくぜ!という理解不能なレコードを聴かせてくれたり、興が乗ると自らギターを取り出して歌ってくれるような人だ。
いつだったか、私が、夏祭りは浴衣でいきたいなぁ。と言っていたのを覚えていたらしい。
ある日突然浴衣を買ってきてくれた。だけどなぜか、彼の甚平とおそろいの柄。
なんでも、イメージに合うのが無くて、特別に作ってもらったとか。
自分のはついでとのこと。
ペアルックにするなら、母さんと一緒にしろっての!
(ちなみに母さんにはガラにもないと断られたらしい。その時点でやめれ。)
しかし、そんな楽しい日々も長くは続かず、彼は不慮の事故で帰らぬ人となった。
時は過ぎ、彼の初盆をむかえ、私は一家で彼の精霊流しに参列した。
家族になり損ねた家族として。
そこで主人公は、若いなりに
「あなた」の、「わたし」の、「弟」の、そして「母さん」の、
それぞれの人生の意味を見つめるのであった。
さぁ、この妄想ストーリーを読んでから、『精霊流し』を聴いてみよう!
しっくりと来ながらも、無性にモヤモヤしないか?
意味が知りたい★ここんとこ 深読み&ななめ読み
精霊流し
お盆になると、ご先祖さまや縁故者があの世からもどってきて、お盆が過ぎると、またあの世へと還ってゆく。
たいていどの地域の盆行事も基本はそういう流れになっているが、何故かそのあの世とこの世の行き来の仕方が地域によって大きく違う。
ナスやキュウリでちいさな馬や牛(精霊馬)を用意する地域もあれば、小さな火のついた灯篭を、静かに川に流す(灯篭流し)ところもある。
そして、長崎の「精霊流し」のように、車輪のついた巨大な船を用意し、派手に爆竹を鳴らしながら街中を練り歩くようなものもある。
精霊流しは街中を練り歩くから、レコードをかけながら船のあとをついていったり、人ごみの中を縫うように進む情景になるわけだ。
曲調に騙されて灯篭流しのようなしんみりとしたものを想像していると、大いに混乱のもととなる。
錆びついた糸で薬指を切りました
何気ない描写だが、ここに意外な事実が隠されている。
ギターの弦を「糸」と呼ぶくらいなので、主人公がギターという楽器に明るくないことは確かだ。ギターをよく知っていてあれを「糸」と表現する人はなかなかいない。
しかし、ギターに触れて薬指を傷つけるというのは普通じゃない。
弦を押さえるにしても、弾くにしても、初心者が薬指のような使いにくい指を駆使することは考えにくいからだ。
使わない指を傷つけるのは難しい。
とすると、ギターは弾かないまでも、主人公がこの手の楽器に慣れていることになる。
重要なのは、和楽器では弦楽器の弦のことを「糸」と呼ぶことだ。
つまりは、主人公は三味線や胡弓、琵琶といった楽器に慣れ親しんだ人物であることが推測される。
現在入手可能な音源
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※該当曲を聴ける保証はありません。
脚注
*1:【モブ】mob。英語でその他大勢の群衆のこと
*2:【モデルとなった家族も存在する】海の事故で亡くなった、さだまさしの従兄の精霊流しをイメージして作られたらしい。
*3:【新盆】亡くなって初めて迎える盆のこと。「あらぼん」と読むのが普通なのだと思っていたが、「にいぼん」とも読むらしく、それどころか、全国的には「初盆(はつぼん)」というのが一般的らしい。
*4:【精霊流し】長崎周辺の行事で、故人の霊をのせた船を模した山車を曳く送り盆の祭典。アジアの祭りなどと同じく、爆竹などを鳴らして騒がしい。
*5:【やたら年の離れた弟がいる可能性】親が再婚した後添えに子どもが生まれたような場合。いしだ壱成の3周り以上年下の弟にあたる、石田純一・東尾理子夫妻の長男のような関係。