温度差の描写が見事。
送る側である主人公──おそらく在校生だろう*1──と、
卒業していく彼との、単純な別離の歌と捉えることもできる。
というか、ふつうはそう捉えるだろう。
しかしどちらかというと、自分がこの曲から受ける印象は、
おかれた立場の違いから生まれた疎外感をきっかけに、
自ら恋心に見切りをつけた歌、なのではないかと思っている。
「♪さみしくなるよ。それだけですか? むこうで友達、呼んでますね・・」
主人公は、もっと違った言葉が聞きたかったのだろう。
彼にも一緒に別れを惜しんでもらいたかったのだろうか。
しかし、卒業という解放感に浮き足だつ卒業生の彼には、
主人公が感じているほどの深刻さは、持ち合わせていなかったのかもしれない。
卒業といっても、所属が変わるだけで、
ひょっとすると住む街も変わらず、何より自分は自分のままなのだから。
「♪君の話は何だったのと訊かれるまでは 言う気でした」
主人公目線なので、彼のそっけなさと薄情さが際立って見えるけど、
おそらく彼のセリフは、この文字通りではなかったのではないかと思う。
「え、ゴメン、なんだったっけ?」
くらいのセリフだったのではないだろうか。
いくら何でも「君の話は何だったの」は、ひどすぎる。
これでは他人行儀なうえに、くだらない話をするな感が半端ない。
1対1でつかまえたものの、ほかに気を取られて生返事を繰り返す彼に、
自分だけが仲間外れ、自分だけが思いを共有できない、
そんな思いを抱いた主人公は、まるで、違う世界の光景を見ているような感覚に陥り、
伝えようとしていた気持ち──この先も変わらずに接してほしい──を飲み込み、
自分の中の恋心が空虚になり終わりを告げたことを知る。
多分こういうことだったんじゃないかと思う。
別れを悲しんだり、冷たくあしらわれたことを嘆いたり、憤っていたり、
そういう単純なことではなくて。
だって、すごく寂しいけれど、悲壮感があまりない。
むしろ美しさや清々しさすら感じる。
ウェットな雰囲気ではなく、そんなドライな雰囲気が漂うこの歌は、
余韻もそこそこに、あっけなくエンディングを迎える。
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そんな印象を受けるのは、ひとえに柏原芳恵の持つキャラクターにあるのだと思う。
これが作詞・作曲を手掛けた、中島みゆきの歌唱が先にあったのなら*2、
もっと悲壮な雰囲気の、「恨み節」な印象の歌になっていたに違いない。
卒業するのをいいことに、都合よく別れようだなんて、
ちきしょーめ、分かっていたよ、ずっと前から。
分かっていたさぁ、分かっていたんだよぉぉ。
そんな感じの。
「♪記念にくださいボタンを一つ 青い空に捨てます」
せめてもの面当てに、こんな言葉を投げかけて、
相手の心に後ろめたさの傷跡を残してやろう。
そんな魂胆すら見えてきてしまう。
それが、同じ歌詞とメロディーで柏原芳恵が歌うと、
分かりました。だけど、せめて思い出をください。
そしてこの思いは、この青い空とともに、思い出の中だけにしまっておきます。
そんな風に聞こえてくるから、びっくりだ。
歌というのは、歌詞やメロディーだけで成立しているのではなく、
歌い手によって創られるものなのだなぁと、しみじみ思う。
意味が知りたい★ここんとこ 深読み&ななめ読み
右手を出して
右手を出して、何をするのだろう。単純に考えれば握手だろうか。
だけど別れ際に握手をするなんて、自分の感覚からすると
西洋かぶれというか、ビジネスライクというか。いまいち想像できない。
今だったら、ハイタッチだろうね。それなら何となくわかる。
卒業の開放感からハイになっていて、
「イエーイ」てな具合に、右手を差しだしてくる。
ここは「イエーイ」と返さなければいけないのだろうが、
とてもそんな気分になれない主人公と、文字通り肩透かしを食う彼。
これでもちゃんと思いに段差が完成して矛盾はないが、
ここでハイタッチは、絶対違う。
記念にくださいボタンを一つ
今でもこういう習慣はあるのだろうか。
卒業式で、詰襟学生服の第2ボタンをあげる、というのが
何よりの忘れ形見だった、というのはこの時代ならではだろう。
いちばん心臓に近いボタンを渡すことで、心はいつも君のそばに、
なんてしゃらくさい行為だったのだろうが、
今となっては学生服はブレザー主流なので、場所が違う。
胃の腑を留めるボタンをもらってもねぇ。
青い空
春の空は、決して青くない。
かすみがかった春の空は、むしろ淡い空色のはずだ。
春の青さ、つまりは「青春」の一ページとして、
思い出にします、と歌っているんだな。これは。
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