日本百名曲 -20世紀篇-

20世紀の日本の歌曲から、独断と偏見で100曲を紹介(500名曲もやるぜよ)

『春なのに』 柏原芳恵 ~ 青い春の空に消えた、あっけない幕切れに

温度差の描写が見事。

送る側である主人公──おそらく在校生だろう*1──と、
卒業していく彼との、単純な別離の歌と捉えることもできる。
というか、ふつうはそう捉えるだろう。

しかしどちらかというと、自分がこの曲から受ける印象は、
おかれた立場の違いから生まれた疎外感をきっかけに、
自ら恋心に見切りをつけた歌、なのではないかと思っている。


「♪さみしくなるよ。それだけですか? むこうで友達、呼んでますね・・」

主人公は、もっと違った言葉が聞きたかったのだろう。
彼にも一緒に別れを惜しんでもらいたかったのだろうか。

しかし、卒業という解放感に浮き足だつ卒業生の彼には、
主人公が感じているほどの深刻さは、持ち合わせていなかったのかもしれない。
卒業といっても、所属が変わるだけで、
ひょっとすると住む街も変わらず、何より自分は自分のままなのだから。


「♪君の話は何だったのと訊かれるまでは 言う気でした」

主人公目線なので、彼のそっけなさと薄情さが際立って見えるけど、
おそらく彼のセリフは、この文字通りではなかったのではないかと思う。
「え、ゴメン、なんだったっけ?」
くらいのセリフだったのではないだろうか。
いくら何でも「君の話は何だったの」は、ひどすぎる。
これでは他人行儀なうえに、くだらない話をするな感が半端ない。

1対1でつかまえたものの、ほかに気を取られて話半分になってしまっている彼に、
自分だけが仲間外れ、自分だけが思いを共有できない、
そんな思いを抱いた主人公は、まるで、違う世界の光景を見ているような感覚に陥り、
伝えようとしていた気持ち──この先も変わらずに接してほしい──を飲み込み、
自分の中の恋心が空虚になり終わりを告げたことを知る。


多分こういうことだったんじゃないかと思う。
別れを悲しんだり、冷たくあしらわれたことを嘆いたり、憤っていたり、
そういう単純なことではなくて。

だって、すごく寂しいけれど、悲壮感があまりない。
むしろ美しさや清々しさすら感じる。
ウェットな雰囲気ではなく、そんなドライな雰囲気が漂うこの歌は、
余韻もそこそこに、あっけなくエンディングを迎える。


春なのに[柏原芳恵][EP盤] シングルジャケット/amazonより
春なのに

春なのに

 
  • 作詞・作曲 中島みゆき、編曲:服部克久
  • 1983年(昭和58年)1月11日、フィリップスレコードより発売
  • オリコン最高位6位(年間31位/1983年)
  • 歌詞はうたまっぷへ:https://www.utamap.com/showkasi.php?surl=36137
  • 曲にまつわる背景などはwikipediaにくわしい:春なのに - Wikipedia

  • そんな印象を受けるのは、ひとえに柏原芳恵の持つキャラクターにあるのだと思う。

    これが作詞・作曲を手掛けた、中島みゆきの歌唱が先にあったのなら*2
    もっと悲壮な雰囲気の、「恨み節」な印象の歌になっていたに違いない。

    卒業するのをいいことに、都合よく別れようだなんて、
    ちきしょーめ、分かっていたよ、ずっと前から。
    分かっていたさぁ、分かっていたんだよぉぉ。

    そんな感じの。


    「♪記念にくださいボタンを一つ 青い空に捨てます」

    せめてもの面当てに、こんな言葉を投げかけて、
    相手の心に後ろめたさの傷跡を残してやろう。
    そんな魂胆すら見えてきてしまう。


    それが、同じ歌詞とメロディーで柏原芳恵が歌うと、

    分かりました。だけど、せめて思い出をください。
    そしてこの思いは、この青い空とともに、思い出の中だけにしまっておきます。

    そんな風に聞こえてくるから、びっくりだ。
    歌というのは、歌詞やメロディーだけで成立しているのではなく、
    歌い手によって創られるものなのだなぁと、しみじみ思う。



    意味が知りたい★ここんとこ 深読み&ななめ読み

    右手を出して
    右手を出して、何をするのだろう。単純に考えれば握手だろうか。
    だけど別れ際に握手をするなんて、自分の感覚からすると
    西洋かぶれというか、ビジネスライクというか。いまいち想像できない。

    今だったら、ハイタッチだろうね。それなら何となくわかる。
    卒業の開放感からハイになっていて、
    「イエーイ」てな具合に、右手を差しだしてくる。

    ここは「イエーイ」と返さなければいけないのだろうが、
    とてもそんな気分になれない主人公と、文字通り肩透かしを食う彼。
    これでもちゃんと思いに段差が完成して矛盾はないが、
    ここでハイタッチは、絶対違う。



    記念にくださいボタンを一つ
    今でもこういう習慣はあるのだろうか。
    卒業式で、詰襟学生服の第2ボタンをあげる、というのが
    何よりの忘れ形見だった、というのはこの時代ならではだろう。

    いちばん心臓に近いボタンを渡すことで、心はいつも君のそばに、
    なんてしゃらくさい行為だったのだろうが、
    今となっては学生服はブレザー主流なので、場所が違う。
    胃の腑を留めるボタンをもらってもねぇ。



    青い空
    春の空は、決して青くない。
    かすみがかった春の空は、むしろ淡い空色のはずだ。

    春の青さ、つまりは「青春」の一ページとして、
    思い出にします、と歌っているんだな。これは。



    現在入手可能な収録CD/視聴可能
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    ▼ 柏原芳恵
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    ※該当曲を聴ける保証はありません。




    脚注

    *1:"流れる季節たち"を送る側なので、少なくとも卒業生ではない。教師側ということも考えられなくはないが。。

    *2:後に、1898年にセルフカバーしているらしいが、未聴なので想像でしかない。