またしても時を遡り、20世紀前半に舞い戻ろう。
この「日本百名曲-20世紀篇-」を始めるにあたって、
各年代それぞれで候補曲としていた曲がいくつかあった。
戦前戦中の候補曲には、この『洒落男』をはじめとして
『東京節』*1(添田知道/1918年/ by
※これは近年のカバー)
『アラビヤの唄』(二村定一・天野喜久代/1928年/ by
※これも近年のカバー)
『蒲田行進曲』(川崎豊・曽我直子/1929年/ by
※これも近年のカバー)
『山の人気者』(中野忠晴/1934年/ by
※どれも近年のカバー)
など、今聴いても大変ご機嫌な曲の数々を念頭に置いていた。
しかっし、しかし、大変困った事態になってしまった。
あろうことか、目星をつけたあれもこれもどれもそれも外国の曲のカバーであったのだ。
戦後しばらくまでのポップスには外国曲のカバーが多いことは
わかっていたつもりではあったが、
ヨーデル調の『山の人気者』や、
タイトルからして舶来の『アラビヤの唄』などはともかく、
まさか『東京節』や『蒲田行進曲』までもが外国の曲だとは!
仕方なく選外にしてあきらめていたものの、
よく考えると「国産の楽曲であること。外国ヒットのカバーは含めない」なんて
自分で勝手に決めた選考基準で、ほぼ間違いなく
読み手側は1ミリも気にしていないだろうと開きなおり、
「番外」として何食わぬ顔で挙げてしまうことにした。*2
何よりこれらを上げないことには、年代が偏ってしょうがないのだ。

とにもかくにも、戦前の古臭い歌だと思って敬遠していないで
まずは軽く聴き流してみることをお勧めする。
時々CMに使われることもあるので、このすっとぼけたメロディーを
どこかで聞いたこともある人も多いかもしれないからだ。
何よりこのメロディーと言葉の使い方がキャッチ―なのだ。
現代では全く珍しくないが、当時ではあまり見られなかった、
「スタイル」「ロイド」「みずくさい」などの文字数の長い言葉を
ひとつの音符に詰め込んで、流れるような言葉になっているので、
現代の耳にも馴染みやすい。
曲自体は短いメロディーをひたすら繰り返すものなのだが、
軽い中毒性があり、気が付けば口ずさんでしまう。
だけど、歌詞が何を言っているのかわからない。
「♪オイラは村中で一番、ふふふーんふふふふーんふふふふーん」
これは登場する単語のことごとくが、死語になってしまっているためだ。
「モボ」に「山高シャッポ」「ロイド眼鏡」といった
もはや存在しないであろうものを指し示す単語、
「ボップヘアー」、「妾」や「カッフェー」といった
どうも現代と言い方や意味が違いそうな単語の数々が、前半の大部分を占める。
物語のあらすじは、田舎のボンボンが東京に出てきて
オネェちゃんの店で調子に乗っていたところ、
亭主を名乗る男が登場して身ぐるみはがされた、という身も蓋もないお話。*4
個々の意味は後述するとして、なぜこんなにも意味不明になっているかというと
当時の最先端*5の流行を歌詞に取り入れているせいだろう。
今だってこの傾向は健在で、流行語を取り交ぜた歌詞は、
数十年どころか、ものの数年で一気に意味不明なものになってしまう。
たとえば、この歌から半世紀ほど未来の
『ツッパリHigh School Rock'n Roll (登校編)』(横浜銀蝿/1981年/ by
)
などでも同様の現象がみられる
「♪今日も元気にドカンをキメたら ヨーラン背負ってリーゼント
ツッパリHigh School Rock'n Roll ソリも入れたし 弁当も持ったし」
当時の流行を知らない人からすると、
「土管」「洋ラン」「突っ張り」「ソリ」など意味不明だろう。
ソリを持って登校するなんて、どんな雪国だよ、って勘違いが生まれる危険性大。
こんな風に、時代の流れとは非情なもので、
特に歴史や芸術の本流とは無関係な流行・風俗的なものは、
写真や言葉は残っても、どういうものだったのかは人の記憶とともに廃れがちだ。
もうひとつ例えを出すと、『リゾ・ラバ』(爆風スランプ/1989年/ by
)の
「♪えぐるような水着に恋に落ちた」なんてバブル時代の歌詞は
その水着の形状を知っているからこそ成り立つのであって
知らない人からすると「ハイレグ」という言葉を教えてもらわない限り
何のことか調べることも困難なのだ。
話はどんどんそれるが、このページにも直接関係してくる、
映像・音楽媒体なんて特に移り変わりが激しく、まさに無くなったもののオンパレード。
たぶんオルゴールのようなものから始まった音楽記録は、レコードに至り、
レコードひとつ取ったって、円筒形のものから、ディスク状のもの。
その中ににLPやSPやドーナツ盤、ソノシート。
回転数やら、7インチ12インチやらと、もはや何のことかわからない。
その後もオープンリール、カセットテープ、MD、DAT、DCC、MDLP、
CDだってもはや先はない。8cmのシングルCDもずいぶん前に絶滅した。
ウォークマンどころかiPodもすでに忘れ去られた感がある。
映像でいうと、8ミリ、ハンディカム、ベータ、VHS。
レーザーディスクはナニモンだ?
(by 吉幾三『俺ら東京さ行くだ』1984年/ by
)
DVD、BDだってどうなることやら。
脱線ばかりでちっとも『洒落男』の話ができないが、
これは日本でヒットした3拍子の歌のなかでも
ピカイチなんじゃないかと思っている。
といっても、ヒットした3拍子というもの自体がそもそも少ない。
ざっと挙げていってみよう。
『ゴンドラの歌』(松井須磨子/1915年/ by
※これは同年代のカバー)
『宵待草』(藤原義江/1935年/ by
※これは後のカバー)
『王将』(村田英雄/1961年/ by
)
『悲しい酒』(美空ひばり/1966年/ by
)
『星影のワルツ』(千昌夫/1966年/オリコン1位/ by
※これは後のカバー)
『どうにかなるさ』(かまやつひろし/1970年/オリコン50位/ by
)
『知床旅情』(加藤登紀子/1970年/オリコン1位/ by
)
『傘がない』(井上陽水/1972年/オリコン69位/ by
)
『あばよ』(研ナオコ/1976年/オリコン1位/ by
)
『みちづれ』(牧村三枝子/1978年/オリコン8位/ by
)
『めだかの兄妹』(わらべ/1982年/オリコン3位/ by
)
『部屋とYシャツと私』(平松愛理/1992年/オリコン4位/ by
)
『からっぽ』(ゆず/1998年/オリコン4位/ by
)
などが各年代の代表だろうか。童謡系を含めればもう少しあるけどね。
ああ、先に進もうとすればするほど
枝葉に分岐して脱線が止まらない。
意味が知りたい★ここんとこ 深読み&ななめ読み
モボ
日本史の教科書にも出てくるね。モボ。
大正末期から昭和初期にかけての流行語で、モダン・ボーイの略。
この曲のタイトル『洒落男』がイコールこれ。
女性だとモガ(モダン・ガール)になる。
山高シャッポ
山高帽ともいう。
チャップリンがかぶっている黒い帽子、と言えば通りがいいだろうか。
ロイド眼鏡
黒縁で大きめの丸眼鏡の通称。
加藤茶扮するハゲオヤジがしている眼鏡。
オロナミンCの大村崑や、東海林太郎という例えは古すぎるか。
セーラーのズボン
セーラー服というと、女子の学生服になってしまっている感があるが。
元々は海軍(セーラー)の軍服。ちなみに男子の詰襟は陸軍の軍服。
数は少なくなってきているが、
未成年の男女が正装として軍服を模した格好をする不思議の国。
ボップヘアー
なんてことはない、今でいうボブヘアーのこと。
今も昔もボブという言い方が主流なので、半分意識的な誤用かもしれない。
カフェー
この当時のカフェは今でいうコーヒー店や喫茶店とは違う。
どちらかというと、キャバクラに近い。要するに風俗店だ。
コーヒーを出す名目で、オネェちゃんが接客する。
この前提を知らないと、この歌の意味は半分もわからないだろう。
妾
正直言って、なぜここで「わたし」にこの字があてられているのかよくわからない。
妾の意味は正妻ではない愛人を指すことは間違いない。
現代と違って、女性の事業に金を出して利子で儲ける金貸しはないので
若い女が自分お店を持っている=旦那に持たせてもらった
というのが公然の事実なのだろう。
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