日本百名曲 -20世紀篇-

20世紀の日本の歌曲から、独断と偏見による日本100名曲を紹介(500名曲もやるぜよ)

『洒落男』二村定一 ~ 流行は廃れる危険を考慮しないと、すぐに意味不明になる

またしても時を遡り、20世紀前半に舞い戻ろう。

この「日本百名曲-20世紀篇-」を始めるにあたって、
各年代それぞれで候補曲としていた曲がいくつかあった。

戦前戦中の候補曲には、この『洒落男』をはじめとして
『東京節』*1添田知道/1918年/ by※これは近年のカバー
『アラビヤの唄』(二村定一・天野喜久代/1928年/ by※これも近年のカバー
蒲田行進曲』(川崎豊・曽我直子/1929年/ by※これも近年のカバー
『山の人気者』(中野忠晴/1934年/ by※どれも近年のカバー
など、今聴いても大変ご機嫌な曲の数々を念頭に置いていた。

しかっし、しかし、大変困った事態になってしまった。
あろうことか、目星をつけたあれもこれもどれもそれも外国の曲のカバーであったのだ。

戦後しばらくまでのポップスには外国曲のカバーが多いことは
わかっていたつもりではあったが、
ヨーデル調の『山の人気者』や、
タイトルからして舶来の『アラビヤの唄』などはともかく、
まさか『東京節』や『蒲田行進曲』までもが外国の曲だとは!


仕方なく選外にしてあきらめていたものの、
よく考えると「国産の楽曲であること。外国ヒットのカバーは含めない」なんて
自分で勝手に決めた選考基準で、ほぼ間違いなく
読み手側は1ミリも気にしていないだろうと開きなおり、
「番外」として何食わぬ顔で挙げてしまうことにした。*2
何よりこれらを上げないことには、年代が偏ってしょうがないのだ。


f:id:outofjis:20190421213107j:plain 本物っぽい嘘画像を作ってみた*3
  • 作詞 Lou Klein、日本語詞 坂井透、作曲 Frank Crumit、編曲 井田一郎
  • 1929年11月、日本ビクターより発売
  • 歌詞は歌ネットへ:二村定一 洒落男 歌詞 - 歌ネット
  • 曲にまつわる背景などはwikipediaにくわしい:洒落男 - Wikipedia

  • とにもかくにも、戦前の古臭い歌だと思って敬遠していないで
    まずは軽く聴き流してみることをお勧めする。
    時々CMに使われることもあるので、このすっとぼけたメロディーを
    どこかで聞いたこともある人も多いかもしれないからだ。

    何よりこのメロディーと言葉の使い方がキャッチ―なのだ。
    現代では全く珍しくないが、当時ではあまり見られなかった、
    「スタイル」「ロイド」「みずくさい」などの文字数の長い言葉を
    ひとつの音符に詰め込んで、流れるような言葉になっているので、
    現代の耳にも馴染みやすい。


    曲自体は短いメロディーをひたすら繰り返すものなのだが、
    軽い中毒性があり、気が付けば口ずさんでしまう。
    だけど、歌詞が何を言っているのかわからない。
    「♪オイラは村中で一番、ふふふーんふふふふーんふふふふーん」

    これは登場する単語のことごとくが、死語になってしまっているためだ。
    「モボ」に「山高シャッポ」「ロイド眼鏡」といった
    もはや存在しないであろうものを指し示す単語、
    「ボップヘアー」、「わたし」や「カッフェー」といった 
    どうも現代と言い方や意味が違いそうな単語の数々が、前半の大部分を占める。


    物語のあらすじは、田舎のボンボンが東京に出てきて
    オネェちゃんの店で調子に乗っていたところ、
    亭主を名乗る男が登場して身ぐるみはがされた、という身も蓋もないお話。*4

    個々の意味は後述するとして、なぜこんなにも意味不明になっているかというと
    当時の最先端*5の流行を歌詞に取り入れているせいだろう。
    今だってこの傾向は健在で、流行語を取り交ぜた歌詞は、
    数十年どころか、ものの数年で一気に意味不明なものになってしまう。

    たとえば、この歌から半世紀ほど未来の
    『ツッパリHigh School Rock'n Roll (登校編)』(横浜銀蝿/1981年/ by
    などでも同様の現象がみられる
    「♪今日も元気にドカンをキメたら ヨーラン背負ってリーゼント
        ツッパリHigh School Rock'n Roll  ソリも入れたし 弁当も持ったし」
    当時の流行を知らない人からすると、
    「土管」「洋ラン」「突っ張り」「ソリ」など意味不明だろう。
    ソリを持って登校するなんて、どんな雪国だよ、って勘違いが生まれる危険性大。


    こんな風に、時代の流れとは非情なもので、
    特に歴史や芸術の本流とは無関係な流行・風俗的なものは、
    写真や言葉は残っても、どういうものだったのかは人の記憶とともに廃れがちだ。

    もうひとつ例えを出すと、『リゾ・ラバ』(爆風スランプ/1989年/ by)の
    「♪えぐるような水着に恋に落ちた」なんてバブル時代の歌詞は
    その水着の形状を知っているからこそ成り立つのであって
    知らない人からすると「ハイレグ」という言葉を教えてもらわない限り
    何のことか調べることも困難なのだ。


    話はどんどんそれるが、このページにも直接関係してくる、
    映像・音楽媒体なんて特に移り変わりが激しく、まさに無くなったもののオンパレード。

    たぶんオルゴールのようなものから始まった音楽記録は、レコードに至り、
    レコードひとつ取ったって、円筒形のものから、ディスク状のもの。
    その中ににLPやSPやドーナツ盤、ソノシート
    回転数やら、7インチ12インチやらと、もはや何のことかわからない。
    その後もオープンリール、カセットテープ、MD、DAT、DCC、MDLP
    CDだってもはや先はない。8cmのシングルCDもずいぶん前に絶滅した。
    ウォークマンどころかiPodもすでに忘れ去られた感がある。

    映像でいうと、8ミリ、ハンディカム、ベータ、VHS。
    レーザーディスクはナニモンだ?
    (by 吉幾三『俺ら東京さ行くだ』1984年/ by
    DVD、BDだってどうなることやら。



    脱線ばかりでちっとも『洒落男』の話ができないが、
    これは日本でヒットした3拍子の歌のなかでも
    ピカイチなんじゃないかと思っている。

    といっても、ヒットした3拍子というもの自体がそもそも少ない。
    ざっと挙げていってみよう。
    『ゴンドラの歌』(松井須磨子/1915年/ by※これは同年代のカバー
    『宵待草』(藤原義江/1935年/ by ※これは後のカバー
    『王将』(村田英雄/1961年/ by
    『悲しい酒』(美空ひばり/1966年/ by
    『星影のワルツ』(千昌夫/1966年/オリコン1位/ by※これは後のカバー
    『どうにかなるさ』(かまやつひろし/1970年/オリコン50位/ by
    知床旅情』(加藤登紀子/1970年/オリコン1位/ by
    『傘がない』(井上陽水/1972年/オリコン69位/ by
    『あばよ』(研ナオコ/1976年/オリコン1位/ by
    『みちづれ』(牧村三枝子/1978年/オリコン8位/ by
    『めだかの兄妹』(わらべ/1982年/オリコン3位/ by
    部屋とYシャツと私』(平松愛理/1992年/オリコン4位/ by
    『からっぽ』(ゆず/1998年/オリコン4位/ by
    などが各年代の代表だろうか。童謡系を含めればもう少しあるけどね。

    ああ、先に進もうとすればするほど
    枝葉に分岐して脱線が止まらない。


    意味が知りたい★ここんとこ 深読み&ななめ読み

    モボ
    日本史の教科書にも出てくるね。モボ。
    大正末期から昭和初期にかけての流行語で、モダン・ボーイの略。
    この曲のタイトル『洒落男』がイコールこれ。
    女性だとモガ(モダン・ガール)になる。

    山高シャッポ
    山高帽ともいう。
    チャップリンがかぶっている黒い帽子、と言えば通りがいいだろうか。


    ロイド眼鏡
    黒縁で大きめの丸眼鏡の通称。
    加藤茶扮するハゲオヤジがしている眼鏡。
    オロナミンC大村崑や、東海林太郎という例えは古すぎるか。


    セーラーのズボン
    セーラー服というと、女子の学生服になってしまっている感があるが。
    元々は海軍(セーラー)の軍服。ちなみに男子の詰襟は陸軍の軍服。
    数は少なくなってきているが、
    未成年の男女が正装として軍服を模した格好をする不思議の国。


    ボップヘアー
    なんてことはない、今でいうボブヘアーのこと。
    今も昔もボブという言い方が主流なので、半分意識的な誤用かもしれない。


    カフェー
    この当時のカフェは今でいうコーヒー店や喫茶店とは違う。
    どちらかというと、キャバクラに近い。要するに風俗店だ。
    コーヒーを出す名目で、オネェちゃんが接客する。
    この前提を知らないと、この歌の意味は半分もわからないだろう。


    正直言って、なぜここで「わたし」にこの字があてられているのかよくわからない。
    妾の意味は正妻ではない愛人を指すことは間違いない。

    現代と違って、女性の事業に金を出して利子で儲ける金貸しはないので
    若い女が自分お店を持っている=旦那に持たせてもらった
    というのが公然の事実なのだろう。



    現在入手可能な収録CD
    私の青空~二村定一ジャズ・ソングス

    私の青空~二村定一ジャズ・ソングス


    これは昭和の喜劇王エノケンのバージョン。今はこちらのほうが有名かもしれない



    脚注

    *1:のちのドリフターズによる替え歌『ドリフのバイのバイのバイ』(1976年/ by)のほうが知られていると思う

    *2:何食わぬ顔のつもりが、言い訳じみた、ここまでの前置きの長いこと!

    *3:こんなことに時間をかけるのであれば、もっとほかのことに時間をかけるべきだと自分でも思う

    *4:なぜか自分が持っている『洒落男』のエノケンのバージョンは、亭主が出てくる前で終わっていて、オチがない。

    *5:もしくは、最先端から少し遅れてしまった